2008年5月13日火曜日

asahi shohyo 書評

米国はどこで道を誤ったか—資本主義の魂を取り戻すための戦い [著]ジョン・C・ボーグル

[掲載]2008年05月11日
[評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■倫理なき米資本主義を痛烈に批判

 エンロン、アーサーアンダーセン、ワールドコム、そしてニューヨーク証券取引所での多数のスキャンダル。一般従業員平均報酬の280倍もの平均報 酬を手にする最高経営責任者(CEO)たち。たしかにアメリカ資本主義は近年その倫理的威信を失った。本書はこのような最近のアメリカ資本主義に対する痛 烈な批判である。

 著者によれば、病理は三つに分けて分析できる。第一は、企業が経営者(マネジャー)の利益のために経営され、株主(オーナー)が犠牲になっていることである。その責任は、投資家を保護しなければならない公認会計士や取締役にある。

 第二は投資のあり方にかかわる問題である。株は今や直接株主(依頼人)でなく仲介者(代理人)に保有されるようになった。50年前までほとんど存 在しなかった機関投資家の株式所有は、こんにち株式全体の66%にまで達する。しかし、受託者を代表する義務を負うはずの投資機関は、受益者の正当な権利 を無視している。こうした投資機関が長期的投資を疎(おろそ)かにして短期的投資に走り、利益相反行為にも手を出す。

 第三の、はるかに深刻で規模が大きい問題が、ミューチュアルファンドのあり方だ。違法行為に手を出し、ファンドのマネジャーは投資家の利益より自らの利益を優先し、管理者ではなく商売人の役割に徹するようになっている。

 著者によれば、これを是正するにはファンド投資家を代表する強力な取締役会を整備する必要があり、取締役会の信任義務を定める連邦法も必要である。何より、投資家に情報と知識と理念を提供できる態勢を整える必要がある。

 本書を読むと、アメリカ資本主義が近年いかに変質したかに気づかざるを得ない。同時に資本主義の伝統的価値観である誠実、信頼といった倫理を取り戻す必要性も痛感される。著者にとって、まさにこれは原題の「資本主義の魂をめぐる闘争」なのである。

 改革が成功するかはわからない。しかし改革は「可能」であると訴える著者の姿勢には共感を覚える。

    ◇

 瑞穂のりこ訳/John C. Bogle 米国最大の投信会社創始者。

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