2008年5月13日火曜日

asahi shohyo 書評

ビューティ・ジャンキー—美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち [著]アレックス・クチンスキー

[掲載]2008年05月11日
[評者]久田恵(ノンフィクション作家)

■完璧な外見を求める欲望の果てには

 「整形美人」に会ったことがある。

 某整形病院の広告塔として、目、鼻、顎(あご)、胸、太腿(ふともも)、尻の全身を整形した彼女、日本人なのに顔は彫りの深いギリシャ風。でも挙 措動作、喋(しゃべ)り方は、はちゃめちゃ。そのアンバランスに眩暈(めまい)がした。おまけに施術したアメリカ帰りの医者は、いささか調子が狂ってい て、話の中身はカネ、カネ、カネ。ほとんどマネー・ジャンキーだった。

 十数年前の話である。

 こんなアブナイ世界が隆盛を誇る日がくるなんてあり得ない! と思っていたけれど、美容整形市場はここ数年、世界的に拡大の一途にあるらしいのだ。

 本書は、その拡大に向かって、目下、暴走状態にあるアメリカの美容整形ビジネスの実態と美に取り憑(つ)かれた人々をあまねく描いたノンフィクションである。

 著者は、「ニューヨーク・タイムズ」の元記者、38歳の女性ジャーナリスト。周辺に取材対象者がいくらでもいるみたいで、顔に一本のシワも許せな い弁護士男性とか、お尻から吸い取った脂肪を頬(ほお)や鼻の下に注入する管理職女性とか、南アフリカの「整形サファリツアー」に出掛ける大学教授女性と か次々登場する。この国のホワイトカラーの生態は、こういう事態なのかと、驚いたり、笑えたり、感心したりしてしまう。

 さらに、美容整形ジャンキーを蔓延(まんえん)させているボトックス注射は、生物兵器のボツリヌス菌。その毒素で筋肉を麻痺(まひ)させ、しわひとつない陶器の肌にしちゃうとか。

 ハリウッドの女優たちは、これにハマって、怒りの表情も作れない能面状態。おかげで整形と無縁の脇役中高年女優ばかりがなにかと忙しいのだとか。

 ジャンキー予備軍だった著者の体験を含めた、実況中継さながらの美容整形現場のエピソードなどをちりばめ、詳細なデータや資料を駆使し、饒舌(じょうぜつ)な文体で書きまくっていく手法には、迫力がある。

 形成外科から美容整形への歴史、治療事故の実例、美を煽(あお)るメディア、なぜアメリカ人はかくも外見にこだわるのか、情報満載のこの本で、美容整形の実態と諸問題を知り尽くした気分になる。

 ともあれ、効率と生産性を価値とする社会は、他者からの評価が一瞬で下される。完璧(かんぺき)な外見は、束(つか)の間の人間関係を繰り返し、勝ち組として生き残っていくための武器にいっそうなりつつある。

 アメリカの現状は、いずれは日本社会の姿である。美容整形業界のこの隆盛は、確実に社会の価値観を変え、人間のアイデンティティーのありようもまた変質させてしまうにちがいない。

 そのことによって、なにが喪(うしな)われていくのか、そのことをわたしたちは是とするのか否とするのか、なんだかもうお手上げよね、という思い もするけれど、著者がそうであったように、美と若さを求めるわが「内なる欲望」と向き合い、いま一度、それを検証せねばと思わせる一冊である。

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 草鹿佐恵子訳/Alex Kuczynski ニューヨーク市在住。「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者をへて、コラムニストに。ブリトニー・スピアーズ、仏教などのテーマでも執筆。

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