2008年5月8日木曜日

asahi shohyo 書評

「世界」主要論文選』 内橋克人(上)

[掲載]2008年05月04日

■戦後史の太い鉱脈の実像に迫った論文集

 思想犯として検挙された三木清が獄死したのは、昭和20年(1945年)8月15日以前でなく、戦争が終わった8月15日から1カ月以上もたった 9月26日のことであった。昭和51年(1976年)9月号の「世界」誌上で初めて事実を知った私は、自らの不明を深く恥じた。

 同誌での「戦後史を考える——三木清の死からロッキード事件まで」を、三木清の獄死から説き起こした日高六郎氏は、「八月一五日、敗戦と同時に、 あるいは数日後に、あるいは一ケ月後に、だれひとりとして、政治犯釈放の要求をかかげて、三木やその他政治犯の収容されている拘置所・刑務所におしかけ」 たものはいなかったと書いた。

 8月15日を境に、軍国主義は去り民主主義がやってきた、などの歴史記述が、いかに事実から遠いものか、私は思い知らされた。

 敗戦後も獄につなぎ置かれたままの政治犯、さらに三木清の獄中の死を知って愕(おどろ)き、ただちに事情を調べ、非道を報じたのは、一夜にして民主主義者に豹変(ひょうへん)した日本人記者ではなく、国民でもなく、ひとりの外国通信社の記者であった……。

 本書は、編者のひとり、篠原一氏の「はじめに」の言葉から「あとがき」まで992ページにも及ぶ。敗戦翌年1月号の創刊から戦後50年を迎えるまでに送り出された「世界」は計614冊。掲載された1万超の論文から63篇(ぺん)が精選され、一冊に編まれた。

 戦後史を「戦後改革」期、「講和から六〇年安保」期、「高度成長・ベトナム戦争・沖縄」期、「核戦争の危機からポスト冷戦へ」期の4時代に区分し、それぞれを1章とした。今に至る太い鉱脈の厳とした実像が迫る。日高六郎氏の一篇は第4章の冒頭にある。

 地底深く伸びる鉱脈とは無縁の「戦後思想」解体論なる"流行(はや)りもの"など、たまさかの陽光に舞う浮遊塵(じん)に過ぎないことを教えている。

    ◇

 岩波書店。編集委員は井出孫六、伊東光晴、井上ひさし、河合秀和、篠原一、中村雄二郎、樋口陽一、山住正己。

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『世界』主要論文選—1946-1995
著者:『世界』主要論文選編集委員会
出版社:岩波書店
価格:¥ 2,345

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