2008年10月8日水曜日

asahi shohyo 書評

イーハトーブ温泉学 [著]岡村民夫

[掲載]2008年9月21日

  • [評者]常田景子(翻訳家)

■賢治作品に温泉はどう影響したか

 宮沢賢治とリゾート。あまり結びつかないような気のする両者だが、賢治の故郷、岩手は火山や温泉が多く、伝統的な温泉文化を持っている。賢治の人生や作品と温泉のかかわりを探る一冊だ。

 温泉場で自炊しながら長期の湯治をすることは、昔は珍しくなかったらしい。温泉が山の神の賜物(たまもの)であり、そこで体を 癒やすということが、神、自然、そして自分と向き合い、健康を祈る行為でもあったのだろう。今日の温泉や山歩きのブームもそんな伝統を受け継いでいるのだ ろうか。

 1923年、花巻に一大温泉リゾートがオープンした。この「花巻温泉遊園地」の構想、全国に向けた宣伝展開、そして経営の斬新 さは、今日のスパ・リゾートに勝るとも劣らない。賢治は造園家として花巻温泉の花壇を設計しながらも、商業主義に抵抗を感じていたという。現実への批判 が、「注文の多い料理店」などの童話に鋭い批評性を加えているというのが面白い。

 湯治や登山、地質研究など、岩手の風土とのかかわりが、宮沢賢治の作品世界に色濃く反映されているのは確かだろう。宮沢賢治の 作品を新たな角度から見直すことができ、何となく不可解だった部分に、光が当てられたような思いがした。賢治ファンならずとも、作家と風土の関係について の考察を楽しめる。

表紙画像

イーハトーブ温泉学

著者:岡村 民夫

出版社:みすず書房   価格:¥ 3,360

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