2008年10月29日水曜日

asahi shohyo 書評

後期近代の眩暈(めまい)—排除から過剰包摂へ [著]ジョック・ヤング

[掲載]2008年10月26日

  • [評者]香山リカ(精神科医、立教大学現代心理学部教授)

■巧妙に排除され、隠される不平等

  昨年、邦訳が出て大きな話題を呼んだ『排除型社会』のジョック・ヤングが、次に何を書いたのか。注目の続作だ。広い視野を持った犯罪学者であるヤングは、 先進国社会が1960年代後半に、さまざまな層の人々を受け入れる包摂型から、人々を階層化して分断する排除型へ移行したことを豊富な実例とともに指摘 し、その時代を「後期近代」と呼んだ。

 では、排除をなくせばよいのか。話はそう簡単ではない、と著者は本書で言う。たとえば今や都市では、"下層"と言ってもそうで はない人たちとの境界は曖昧(あいまい)だ。そういうところでは、包摂と排除、吸収と排斥の両方が同時に起きている。これこそが「過剰包摂型社会」だ。消 費や労働の市場はすべての人に開かれているように見えるが、実はそこで特権を享受できるのは限られた人だけだ。貧困層が「身近な人びと」に見えるセレブリ ティを賞賛(しょうさん)することで社会の不平等や格差は覆い隠され、「ほんの一握りの人間に圧倒的な財と地位の特権が集中するということが自然なことで あるかのような様相を呈する」といったまさに眩暈(めまい)がするような事態が生じる。「排除/包摂」といった二分法で考えている限り、私たちは現実を正 しく理解することもできないのだ。

 まず、二分法を脱し、包摂の一方で巧妙に排除が行われる過剰包摂型社会を認識することが重要なのだが、私たちはつい「日本も含 めたこの社会への処方箋(せん)は?」と問いたくなってしまう。これに対して著者は、多様性の自由を認めつつも、他者の苦境は共有して解決する「変形力あ る包摂」が可能な政治の必要性を掲げるのだが、そのあたりは前作同様、やや説得力や実現性に欠ける気もする。しかし、労働、福祉、犯罪などの社会問題と排 除または包摂といった心理的な問題を大胆につなげ、代案も示さずに現状を分析しっぱなしでおしまい、という態度は著者の性に合わないようだ。そういう意味 で学者離れした学者ともいえるヤングは、「後期近代」の重要人物のひとりになりそうだ。

    ◇

 木下ちがや・中村好孝・丸山真央訳/Jock Young 42年生まれ。犯罪学者。

表紙画像

後期近代の眩暈—排除から過剰包摂へ

著者:ジョック・ヤング

出版社:青土社   価格:¥ 2,940

表紙画像

排除型社会—後期近代における犯罪・雇用・差異

著者:ジョック・ヤング

出版社:洛北出版   価格:¥ 2,940

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