重力波とアインシュタイン [著]ダニエル・ケネフィック
[掲載]2008年10月12日
- [評者]尾関章(本社論説副主幹)
■難解でも興味深い「時空のさざ波」
ノーベル賞でもとらないことには、科学の発見はなかなか新聞の1面トップを飾らない。そんななかで、見つければトップ級の快挙と思われているのが重力波である。
別名は「時空のさざ波」。1910年代に重力の理論として登場した一般相対論が、存在を予想した。地球に押し寄せたときに起こる空間の伸び縮みをとらえようと日米欧の科学者が競い合っている。時宜を得た出版といえよう。
だが、この本の真価は別のところにある。
それは、科学のだいご味は教科書に書かれた結論ではなく、そこに至る道筋にある、と教えてくれることだ。
科学界には、学説が定まるとそれまでにあった議論を忘れようとする傾向がある。「何かの主題について本当に『論争』があったなどと言うと、しばしば否定されたり拒否されたりする」のである。
著者は、重力波に向けられた過去の懐疑論を丹念に掘り起こす。相対論の生みの親アインシュタイン自身ですら、この波の「ある」「なし」で大きくぶれたのだという。
今では私たち科学記者も訳知り顔で使う「さざ波」だが、この表現が定着したのも、ここ30〜40年のことらしい。
もともと重力の波という発想は、電磁波とのアナロジー(類推)に支えられていた。電磁力に波があるのと同様に重力にも波がある、というわけだ。だから「総じて言えば、懐疑派は、アナロジーを疑う、あるいは信用しない人々」だった。
相対論研究は、物理の中でも限りなく数学に近い。難題を前にして、直観重視の物理派は「信用できる程度の確かさ」で満足するが、厳密志向の数学派は「きちんと証明したい」と考える。そんな構図も論争の背景にあった。
今日では天体観測で重力波があることの傍証が得られ、懐疑論は力を失っている。
この本は、「四重極公式」といった難解な言葉が頻出して科学ファンでも読みづらい。だが、アインシュタインと論文誌編集長との確執など興味深いエピソードも豊富だ。
難しい個所をスキップしても一読に値する。
◇
TRAVELING AT THE SPEED OF THOUGHT、松浦俊輔訳/Daniel Kennefick 米国・アーカンソー大学客員助教授(物理学)。
- 重力波とアインシュタイン
著者:ダニエル ケネフィック
出版社:青土社 価格:¥ 3,360
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