2008年10月23日木曜日

asahi shohyo 書評

アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン『「知」の欺瞞 ポストモダン思想における科学の濫用』 宮部みゆき(下)

[掲載]2008年10月19日

■知ったかぶりを暴き、論理的にめった斬り

 まず最初に白状しますが、難解な本です。

 高校時代、物理も数学も赤点ばっかだった私は、初読のときには内容の半分も理解できませんでした。そもそも〈ポストモダン思 想〉なるものがよくわからず、本書で名前を挙げられている哲学者や思想家諸氏のことはまさにその名前ぐらいしか知らず、〈サイエンス・ウォーズ〉について も漠然とした知識しか持ち合わせていませんでしたから、なおさらです。

 それでもこの本は面白かった。だから何度も読み直し、読み重ねるたびに少しずつ解(わか)ってゆくのが嬉(うれ)しかったのです。

 世界的に著名な思想家たちが、自身の思索を語ったり文章化したりする際に、自然科学、なかでも数学や物理学の専門用語や概念、 理論をばんばん使う。それが、専門家の目から見るとトンデモない間違いだらけだ。しかし、その思想家たちが高く評価されている分野では、誰もそれを指摘し ないし批判しないどころか、(間違っていることさえわからないのだから、その内容を理解できていないのであろうに)無条件に崇(あが)め奉っている。

 おかしいじゃないか。こりゃナンセンスだよ。いっぺんシメたろか(そんな表現は出てきませんが)という感じで、ソーカル先生と ブリクモン先生が、ラカンもラトゥールもドゥルーズもガタリもめった斬(ぎ)り。ここまで厳しく知ったかぶりを暴かれたら、普通は穴を掘って隠れちゃうと 思うのですが、斬られた側もさすがにしぶとく、その抗弁や逆ギレっぷりも、野次馬(やじうま)としては興味深い。

 同時に本書は、論理的に思考し、論理的な文章を書くとはこういうことだという、素晴らしいお手本でもあります。その周到で冷静 で〈気味悪いほど辛抱強い説明〉ぶりには、敬服と平伏あるのみ。先生ごめんなさい、もっとしっかり勉強しますと思うこと格別の一冊なのです。(作家)

    ◇

 両著者は米国の物理学者。原著は98年、邦訳は田崎晴明さんらの手で00年に岩波書店から刊行。

表紙画像

「知」の欺瞞—ポストモダン思想における科学の濫用

著者:アラン・ソーカル・ジャン・ブリクモン・田崎 晴明・大野 克嗣・堀 茂樹

出版社:岩波書店   価格:¥ 3,360

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