2008年10月18日土曜日

asahi shohyo 書評

仏語への愛 日本への恋 京都在住のバルベリさん

2008年10月18日

写真ミュリエル・バルベリさん=郭允撮影

  日本紳士のオヅさんが登場するフランスの哲学小説、ミュリエル・バルベリさん(39)の『優雅なハリネズミ』(河村真紀子訳、早川書房)が翻訳、刊行され た。本国では書店員が選ぶ賞(フランスの本屋大賞)に輝き、一昨年の発売以来130万部を超えるミリオンセラー。今年、写真家の夫ステファンさんと念願の 京都暮らしを始めたバルベリさんに話を聞いた。

 舞台は国会議員や経済界の大物の8家族が住むパリの超高級アパルトマン。夫と死に別れた54歳の管理人ルネと、6階の住人で自殺願望のある12歳の天才少女パロマが主人公。ルネの語りとパロマの手記で構成される。

 愚鈍を装っているルネだが、実はトルストイを愛読しカントを崇拝する才女。住人たちの語法や文法の間違いを心の中で鋭く指摘する。

 「フランス語への愛を表現したかった。そして、この小説にはありとあらゆる好きなものを詰め込んだ」と話す。

 小津安二郎の映画を見て「生命の動きそのもののなかに、永遠を見つめる」と思うルネの前に現れたのは、日本人のオヅ。5階に入居した彼は、ルネの知性に気づき、食事に誘う。恋の兆し。

 パロマは、日本の"セップク"は美しいと思うが「苦しまなくてすむようになるためじゃなかったら、死ぬことに何の意味があるの?」と、睡眠薬自殺を計画中。この恐るべき子供は学校でも家でも浮いているが、オヅと触れあい、ルネと心を通わせ、「この世の美」に気づく。

 フランスの読者から、「特別すごいことを書いていないのに人生を変えられた」「自問するチャンスを与えてもらった」といった手紙を寄せられたという。

 「人は死ぬことを運命づけられている。だからこそ生きている間に何を成すべきかが大事。人生そのものである哲学、それを書くことが小説の意味ではないでしょうか」

 高等師範学校を出たエリート。高校と大学で哲学を教えていたが、ある時教師が嫌になって書いた『至福の味』(早川書房)でデ ビュー。死を前にして最高の食物を考える評論家の回想と、家族や友人が語る評論家像が交差する小説。ルネも登場し、悪態をついた。2作目を試行錯誤してい た時、「管理人が気取ってもいいんだよ」という編集者の言葉を思い出し、新たに思索するルネ像を作った。

 日本好きは夫の影響。「小津安二郎はもちろん、黒澤明、溝口健二、宮崎駿や漫画家の谷口ジローも大好き」と日本語で語る。「ベ ルサイユ宮殿のような均衡がとれた欧州の庭ではなく、中心がないのに調和がとれている空間、つまり日本の庭はすばらしい」。近所のお寺の竹とコケとモミジ を組み合わせた庭が気に入っている。(吉村千彰)

表紙画像

優雅なハリネズミ

著者:ミュリエル・バルベリ

出版社:早川書房   価格:¥ 1,890

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