2009年11月3日火曜日

mainichi shasetsu 20091101

社説:視点 3人生還の教え 仲間がいて希望つなぐ

 八丈島沖で転覆した佐賀県の漁船「第1幸福丸」から乗組員3人が救出された。90時間ぶりの生還だった。船体にできた「空気だまり」などの幸運が奇跡を生んだと指摘される。

 しかし、水も食べ物もなく、狭く暗い空間に彼らは閉じこめられた。31日の会見では「死刑宣告された気分だった」と表現した。そんな中で恐怖や不 安にどう打ち勝ったのだろう。うちの1人は「3人いたから助かった。『頑張ろう』と励まし合いながらすごした。1人だったら死んでいただろう」と語った。

 「船が沈んでも世界はある。何も恐れることはない。過去の遭難の犠牲者は海のために死んだのではない。恐怖のために死んだのである。飢えや渇きに よって死ぬには長期間かかる。最後の1秒まで生きのびる努力をしよう」。こう記すのは「生存指導書」(国土交通省監修、日本救命器具発行=問い合わせ 03・3642・3296)だ。

 耐水性のある紙を使った200ページ足らずの本で、救命いかだなどの装備品として非常食や水、呼び子笛、釣り道具とともに常備してある。食糧や水 の注意のほか、釣りの方法、陸地発見方法、応急手当てなどが表やイラストを使って英語と日本語で書いてある。紹介したのは、本の冒頭に掲げた文章の一節 だ。3人が読んでいた可能性は低い。日本救命器具社は「遭難して救命いかだなどに乗り込んで、初めて生存指導書の存在を知る人がほとんどだろう」という。 だが、まさに書かれていた通りのことが彼らを救った。

 指導書は「生きる希望と生命力は比例するといわれます。望みを捨てた時が、終わりの時です。どんなに絶望的な状況でも『生き抜こう』と思うこと が、生還の第一歩です」とし、「もし数人で漂流した際は、団結です。仲間が多いほど知恵が生まれ、生還のチャンスが広がります」と仲間と励まし合えば恐怖 を乗り越え、希望を持ち続けられることを強調している。

 海上保安庁によると、海難事故の死者・行方不明者は年間100人前後、一方で毎年約1500人が救助されている。同社では、指導書を読んだから助 かったという事例は把握していない。だが、海上での仕事に携わったり海のレジャーに親しんだりする人はもちろん、登山を楽しむ人の危機管理として、この万 一の心構えはしっかり心に留めておくべきだろう。

 そして生き抜く道が希望を失わないことと、仲間の存在というのは、サバイバルには縁遠い多くの人にもうなずきたくなる点である。(論説委員・中村秀明)

毎日新聞 2009年11月1日 0時08分




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