2009年11月3日火曜日

asahi shohyo 書評

闇の奥 [著]コンラッド

[掲載]週刊朝日2009年11月6日増大号

  • [評者]温水ゆかり

■クルツの声が読後も谺する

 コッポラの『地獄の黙示録』で、この原作(中野好夫訳)に当たったその昔。映像の豪奢な狂気に比べ、活字は思わせぶりで重苦しかった。が、新訳で読めば、若き冒険野郎の体を射貫いた"生のセンセーション"についての物語だったことがよく分かる。

 テムズ川に夕日が沈む頃、海を絆とする仲間が集まった席で船員マーロウ(=コンラッド)が回想する。勇躍訪れたコンゴ、そこで 出会った小役人根性の者や欲に駆られた者達、そして奥地に棲み着いた象牙収奪の鬼クルツ(映画のマーロン・ブランド)。現代風に言えば、商社の新人社員 が、仕事はできるが会社も手を焼く偏屈な古参駐在員の伝説的最期を語る、といった趣だろうか。語り部マーロウの声よりも「怖ろしい! 怖ろしい!」(中野 訳は「地獄だ!地獄だ!」)というクルツの声が読後も谺(こだま)する。

 激烈な体験をした者は二度と以前の自分に戻れない。この経験の四年後、コンラッドは陸に上がって作家になった。ところでポーラ ンド人のコンラッドは非母国語の英語で小説を書いた。英語でなければ何も書かなかったとまでそのフィット感を強調する。簡素で頑丈な英語の特質は、海の男 の道具とちょっと似てる?

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 黒原敏行訳

表紙画像

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

著者:ジョゼフ コンラッド

出版社:光文社   価格:¥ 620

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