2009年11月3日火曜日

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光源氏「軽薄な女だな」 写本・大沢本に新記述見つかる

2009年10月30日3時14分

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 昨年、約80年ぶりに存在が確認された「源氏物語」の写本「大沢本」に、標準本と大きく異なる内容が2カ所あることが、伊井春樹・大阪大名誉教授の研究 で明らかになった。恋人の返歌に、幻滅する光源氏の心境がうかがわれたり、物語の展開が変わっていたり。「源氏」に、大幅な違いが見つかったのは初めてと いう。

 源氏の微妙な心境の変化が書かれていたのは「花宴巻(はなのえんのまき)」だ。20歳の源氏が、恋心を寄せる朧月夜(おぼろづきよ)に、部屋を仕 切る几帳(きちょう)ごしに歌を詠みかけると、歌が返ってきたが、それ以上描写がなく、巻が終わる。声を確認できた喜びと、政敵の娘のためにどうすること もできない心情が表現されていると解釈されてきた。

 だが、大沢本ではさらに「かろかろしとてやみにけるとや」と続きがあった。「軽薄な女性だと判断してそれ以上は動こうとはしなかった」との意味に とれる。直接、返事をするのは女性としての品性に欠けると、幻滅したことになる。ただし、その一文が線で消されていた。「他の写本と照らし合わせて消した のだろう」と伊井さんはみる。

 終盤にあたる「蜻蛉巻(かげろうのまき)」では、物語の展開が違っていた。源氏の子の薫と、源氏の孫にあたる匂宮(におうみや)という2人の貴公子の間で悩んだ美女・浮舟が、宇治で行方不明となる場面で、写本で22ページ分、220行の部分が異なっていた。

 標準本では、匂宮の従者が強い雨の中、都を出て小降りになったころ宇治に着く。その後、浮舟の母君が駆けつけ、遺体のないまま浮舟の葬儀をする。 一方、大沢本では、まず母君が強い雨の中を宇治に駆けつけ、葬儀を計画。その後、小降りになったころに匂宮の従者が到着。夜遅くなって葬儀が始まる。

 伊井さんは、「従来の本ではあまり意味を持たなかった雨が、大沢本では時間の経過を表す役割をしている。人物の登場順も、母親があわてて駆けつける方が、リアリティーがあるのでは」と語る。

 源氏物語には紫式部による自筆本は現存せず、筆写が繰り返されるうちに、表現が異なる様々な写本が生まれた。約200年後の鎌倉前期に、藤原定家らがそ れらの写本を集めて54帖(じょう)に整理。その系統が、標準本として最も知られている。そこに含まれなかった未整理の写本もあり、大沢本もそのひとつ だ。

 源氏物語を研究する島内景二・電気通信大教授は「写本によって違いはあるが、せいぜい言葉づかいぐらいで、物語の展開まで違うものが見つかったの は初めてだ。紫式部が執筆し、藤原定家らによって整理されるまでの間、物語は様々に伝えられていたはずで、そうした『物語の化石』のようなものなのだろ う。謎と驚きにあふれた発見だ」と話した。

 大沢本は11月29日まで、京都府宇治市の市源氏物語ミュージアム(0774・39・9300)で展示されている。(渡辺延志)




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