貧困・闇金融…… 格差社会、漫画に文学に
2008年03月06日
このところ、漫画や文学で、貧困や非正規雇用など今のリアルな社会状況を描く作品が目立つ。漫画では闇金融業者やニートを主人公にした作品が人気で、文学でも作品が評価され、共感を広げている。戦前のプロレタリア文学と同様に貧しさを描きながらも、告発調は見られない。
■読者に身近でリアリティー
「1日でも返済が遅れたらタダじゃおかねェ!!」
こわもての闇金融業者・丑嶋(うしじま)社長が、フリーターやサラリーマンから借金を取り立てる。週刊ビッグコミックスピリッツで連載中の「闇金ウシジマくん」。
悪漢が主人公だが、ほろりとさせる場面もあり、単行本10巻で計約120万部のヒット。昨年12月発売の『このマンガがすごい! 08年版』(宝島社)の格差社会特集で最初に挙げられた。
作者の真鍋昌平さんは36歳で、04年に連載を始めたころは「人間の葛藤(かっとう)を描きたかった」。だが、借金にはまってしまうフリーターと家族を描いたフリーター編(7〜9巻)のころから、格差社会を意識するようになったという。
都市部で急増しているタクシー運転手編も、構想中だ。
ライターの奈良崎コロスケさんによるとニートが主人公として登場したのは、週刊ヤングジャンプで06年に連載が始まった「カジテツ王子」(向浦宏 和さん)あたりから。大学中退、25歳の男性が主人公。ヤングマガジンで06〜07年に連載された「わにとかげぎす」(古谷実さん)は、32歳で夜間警備 員をしている孤独な男性を描いた。
こうした作品は総じて、エッチな場面やギャグを盛り込み、深刻さは薄い。「週刊漫画雑誌はどこかに非日常性を入れ、エンターテインメントにしなければならない」(奈良崎さん)からだ。
漫画評論家の村上知彦さんは、若者の非正規雇用が個人的な問題ではなく、社会問題と認識されるに至って、漫画にも登場するようになったと考える。「読者が大学生やフリーターで、同世代の身近な話。読者の側にリアリティーがある」からこそ描かれると見る。
■主張や告発がなく自責的
文学作品は、どうか。市川真人・早稲田文学編集室チーフは、桐野夏生さんの「メタボラ」、伊藤たかみさんの「八月の路上に捨てる」を挙げる。「メタボラ」は05年から約1年の新聞連載で、「八月〜」は文学界06年6月号の掲載だ。
「メタボラ」は、家庭崩壊で貧困に陥り、大学を辞めた男性が主人公。夜のビル清掃や請負社員などとして働き、沖縄へ向かう。
市川さんは「誰もが何となく格差社会に気づき始めていたとき、それを敏感にとらえて『メタボラ』が生まれた。新聞小説という全国に届くメディアに発表されることで、よりはっきり認識されるようになった」と、位置づける。
「八月〜」は芥川賞も受賞した。主人公の男性は30歳前。脚本家を目指し定職に就かず、トラック配達のアルバイトをしている。
桐野さんと伊藤さんは、昨年の文学界8月号で「『格差』をどう描くか」と題して対談した。桐野さんは「格差は不可視なんだろうけど、何か厳然とした差がある。そのことに関して、なんかすごく敏感に反応する自分がいる」と、格差を描く理由を述べている。
市川さんによると、「失われた10年」で広がった現在の貧困を描いた嚆矢(こうし)は、97年に群像新人文学賞をとった岡崎祥久さんの「秒速10 センチの越冬」。その後、角田光代さんの「エコノミカル・パレス」(02年)など、フリーターやニートらが主人公の作品が出てきたという。
「すばる」は昨年7月号に特集「プロレタリア文学の逆襲」を組んだ。プロレタリア文学は、階級社会を前提にプロレタリアート(無産階級)の思想や 感情を描いたもので、日本では昭和初期に弾圧され壊滅するまで続いた。特集は読者の反応もよく、編集部の清田央軌さんは「状況は違うとはいえ、人間の苦境 が克明に描かれ、共感できるところがあり、苦境の戦い方を感じ取った人がいるのかもしれない」と見ている。
プロレタリア文学と、いまの漫画・文学、どこが違うか。精神科医で少年問題にも詳しい斎藤環さんは、プロレタリア文学の主人公は告発的で、反抗のモチベーションがあったが、こうした漫画や文学は「主張、告発がない」と言う。
最近の漫画・文学の主人公は「少なくとも登場人物が自己責任と思いこんでいる。被害者が自責的。貧しさも、かつての貧困と比べようがなく、解決もその分、難しい」のが今風だ。
こうした漫画・文学はいつまで続くのだろう。
スピリッツの立川義剛編集長は言う。「格差は定着した。昔のように、社会全体に総中流意識が戻ることはあり得ない」
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