2010年6月1日火曜日

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古墳時代の甲冑に金めっき 朝廷、若狭の豪族に贈る?

2010年6月1日9時38分

写真:金めっきされ、毛彫り文様がある鉄地金銅装頚甲=福井県敦賀市三島町の八幡神社金めっきされ、毛彫り 文様がある鉄地金銅装頚甲=福井県敦賀市三島町の八幡神社

写真:6方向に金銅板と鉄板が並べられている鉄地金銅装眉庇付冑=福井県敦賀市三島町の八幡神社6方向に金 銅板と鉄板が並べられている鉄地金銅装眉庇付冑=福井県敦賀市三島町の八幡神社

 福井県敦賀市の国の史跡「中郷(なかごう)古墳群」から出土した5世紀ごろのものとみられる古墳時代中期の甲冑(かっちゅう)に、金めっきの装飾が施さ れていることが分かったと31日、同市教委と私立敦賀郷土博物館が発表した。同様の装飾はこれまで1例しか知られていない。大陸からの「玄関口」だった若 狭地方を支配した豪族の勢力の大きさを示すものと、専門家は話している。

 甲冑は1954年、同古墳群最大の「向出山(むかいでやま)1号墳」(5世紀、円墳)から、鉄製矢じりなどと一緒に出土した。敦賀郷土博物館が保管して いたが、一面に覆うさびを取り除く作業が2008年から進んでいた。

 保存処理の結果、よろいは金でめっきが施された「鉄地金銅装頚甲(てつじこんどうそうあかべよろい)」、かぶとは珍しいデザインの「鉄地金銅装眉庇付冑 (てつじこんどうそうまびさしつきかぶと)」と判明した。よろいは首回りを守る構造で、幅18センチ、高さ14センチ、奥行き24センチ。鉄製で、全面が 金でめっきされ、針状の鏨(たがね)で線状の文様を彫り込んだ「毛彫り」の装飾が施されていた。全面が金めっきのよろいは、他に奈良県の五条猫塚古墳で出 土例があるだけという。

 かぶとはつば付き帽子の形で、頭頂部に杯のような形の飾りがあったと考えられるという。頭部の外周には、金銅板と鉄板を交互に6方向に取り付けた装飾が 上下2段に施されている。4方向に金銅板を付けたものは全国で5例あるが、6方向のものはこれまで知られていないという。

 甲冑は9〜27日、敦賀市立博物館で公開される。(高橋孝二)

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 大阪府立近つ飛鳥博物館・白石太一郎館長(考古学)の話 金が使われているのは、甲冑の中でも特別で第一級のもの。敦賀は大陸からの玄関口となる重要な 地域だったので、大和朝廷から敦賀を支配する有力豪族にこの甲冑が贈られたのだろう。




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