2010年06月14日
『マキァヴェッリの生涯』ロベルト・リドルフィ(岩波書店)
「マキアヴェッリ読解の参考に」
マキアヴェッリの同時代にフィレンツェで活躍していて、マキアヴェッリとも仲のよい名門貴族だったリドルフィ家の末裔が、愛情をこめて著した詳細な伝記 である。ときに歴史家の枠組みを越えて、当時の教皇や貴族たちや仲間たちがマキアヴェッリに援助の手を差し伸べなかったことを、歯がみするように悔しがっ ているが、それも愛嬌というものだろう。なにしろ著者にとっては、「今日では、マキアヴェッリの不幸はフィレンツェの自由の崩壊よりも重大なことだ思われ る」(p.187)ほどなのだから。著者は強い愛着の思いをもって詳細な調査を行っているだけに、文脈まで細かに解読しながら、マキアヴェッリの行動と思想を解説する。彼の外見は次のよう に描かれる。
頭は小さく、顔は骨ばっていて、おでこは高かった。目は実に生き生きとし、引き締まった薄い唇にはいつも冷たい笑みが浮かんでいるように見えた。彼の 肖像画は、数枚、残っているけれどよい出来のものはない。かすかな、あいまいな微笑の意味を構図の上でも、色の上でも引けでる画家がいたとしたら、レオナ ルドだけだっただろう。レオナルドがマキアヴェッリに出会ったのは、マキアヴェッリが順境にあった時なのだけど(p.20)。
フィレンツェの書記官だったマキアヴェッリは交渉の名人だった。そしてことあるごとに、外国の高官との交渉に派遣された。マキアヴェッリは相手を じらし、しかも相手を怒らせず、それでいて決断の遅いフィレンツェ本国政府からの吉報を待ちつづける。そして状況を鋭く読み取り、臨機応変に対処する。そ れでいて交渉の相手から好かれることが多い。そしてフィレンツェの都合のよいようにうまく説得できることも何度もあった。しかし何といっても、小さな都市 国家一つで、ローマ教皇、フランス王、神聖ローマ帝国皇帝などと、不利な立場で交渉しなければならないのだ。多くの交渉が失敗に終わる。しかしこうした現 場で研ぎ澄まされた政治的な感覚は鋭く、それが後に著書に生かされることになる。
マキアヴェッリが失墜して田舎に籠っているころに、友人だったフィレンツェのローマ大使から質問されたことがった。スペイン王が突然フランスと休 戦協定を結んだのである。大使はその意味がどうしても理解できない。しかしマキアヴェッリは王たちの個性からものの考え方まで熟知している。そこですぐに 鋭い分析を示す。その書簡は筑摩の全集の六巻で読むことができるが、当時の大使は納得しなかったらしい。後に事態が明確になってから、大使は唸ることにな る。そして「田舎に閉じ込められて人の顔も見られなくなり」、情報も会話も断たれた暗闇の中にいても君主たちの思考と将来の行動を鋭く見ぬくこの観察者に 感服し、かれを称えた(p.204)。
このような洞察こそが、マキアヴェッリの著書を生き生きと活気づけているのである。著者は、マキアヴェッリが「自分の才能を賭けてみたくなほとん どすべての分野で頂点に達した、あるいは顕著な足跡を残した」(p.248)と高く評価する。比類なき政治著作家であり、歴史著作家であるだけでなく、 たった一つ書いた物語(『ベルファゴールの物語』)は並外れ傑作だった。たった一つの喜劇についても、著者はイタリアに「かつて存在しなかった最良の 作」(同)と称賛する(ぼくはマキアヴェッリの文学作品にはそれほど感銘はうけないけど)。
マキアヴェッリの政治の仕事は結局は失敗に終わった。しかし政治の実務が彼に何よりも鋭いまなざしを与えたのであり、この現実的なまなざしこそ が、政治哲学の分野でまったく新しい視点を作りだすのに役立ったのである。著者も指摘するように、マキアヴェッリの書簡は状況を活写する力があり、この鋭 いまなざしの働きかたを現場で示してくれる貴重な文献である。
150ページを越える原注、90ページ近くの訳注、100ページを越える人物解説が用意されている。マキアヴェッリの著作や書簡を読むときに、こ れを隣においておけば、本文では語られていない多くの事情を読み解くことができるだろう。値段が張るが、この時代とマキアヴェッリを深く理解したいと思わ れたら、図書館にリクエストするなどの方法で読むだけの価値はある。
【書誌情報】
■マキァヴェッリの生涯
■ロベルト・リドルフィ著
■須藤祐孝/訳・註解
■岩波書店
■2009/03/27
■808p / 21cm / A5判
■ISBN 9784000021661
■定価 18900円
●目次
初期の教育と体験
書記官ニッコロ・マキァヴェッリ
初の使節
アルプスの彼方への初の使節
服属都市の叛乱とヴァレンティーノ公の進撃
ヴァレンティーノ公への使節
ローマへの初の使節
フランスへの二度目の使節、『十年史』第一部、市民軍
マキァヴェッリとフィレンツェの出来事、ユリウス二世への二度目の使節
ドイツへの使節、ピーサ戦争と再制圧
マントヴァとヴェローナへの使節、フランスへの三度目の使節
終幕
「苦悩するマキャヴェッリ」
サンタドゥレーアでの「無為」—『ディスコルツィ』と『君主論』
愛と苦悩
文学での気晴し—『ロバ』、『マンドゥラーゴラ』、『ベルファゴール』
『カストゥラカーニ伝』と『軍事・戦争論』、官印つきフィオリーニ「金貨」での『歴史』
フランシスコ修道会への使節
歴史家ニッコロ・マキャヴェッリ
歴史家、喜劇作家ニッコロ・マキャヴェッリ
「歴史家、喜劇作家にして悲劇作家」ニッコロ・マキャヴェッリ
六〇歳
最期
武装せざる預言者
「神の散文」
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