2010年6月1日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2010年05月27日

『現代日本人の意識構造(第七版)』NHK放送文化研究所【編】(日本放送出版協会)

現代日本人の意識構造(第七版) →bookwebで購入

「「社会意識」を計測する困難な試みの最新版」

『現代日本人の意識構造』は、NHK放送文化研究所が1973年から5年おきに実施している調査の報告書であり、これが第七版となる。古くから多くの場所 に引用されているので、おなじみかもしれないが、その2010年最新版である。

この調査は、「階層」や「支持政党」などだけでなく、より広範な社会の価値意識のようなもの、いわゆる「社会意識」を中心的なテーマにすえている のが大きな特徴である。
マスメディアなどで公開される「社会調査」の多くは、統計に必要なランダム・サンプリングを行っていない。新聞社の発表する選挙行動の調査結果が、主に固 定電話で行われているものであり、携帯電話しかもっていない層をそもそも調査対象から排除しているのは、有名な話である。
その点、『現代日本人の意識構造』調査は、見田宗介、飽戸弘といった著名な社会学者が設計した調査であり、質問項目や質問文自体だけでなく、調査の実施面 でも信頼度が高い。16歳以上の日本国民からランダム・サンプリングした5400人を対象としている。

ここでは、日本国民全体の意識を測るためには、無作為に抽出した5400人のデータがあれば信頼性が得られると判断されたということである。その 5400人に、郵便で質問紙を送りつけ、自発的な返答を求めただけでは、むろん1-2割の返答があれば良い方である。そこにいくら複雑な統計処理を施そう とも、「わざわざ自発的に返信してくれる」という性向をもつ、全体から見れば明らかに少数派の人々の回答しか取り扱っていないことになる。それでは無作為 抽出などした意味がない。

よって、一軒ずつ尋ねて、調査の主旨を説明した上で、所定の質問項目に回答してもらうという「個人面接法」が取られることになる。ここから分かる第一の問 題は、社会調査というのは大変に金がかかるものであり、多くの場合スポンサーか公的資金からの支援がないとできない、ということである。

一般的には、国勢調査の光景を思い浮かべてもらえれば良いかもしれない。それでも回答率が8割に届くことはほとんどない。「社会調査といったものを信用し ない、協力を拒否する」という性向を持つ人たちは、やはり結果から漏れでてしまう。

漏れ出る方が少数派であれば、ある程度は仕方ないし、不可避的な問題であるとして無視することも可能である。しかし、近年のプライバシー意識の高まりなど により、この調査を含め、どの調査でも回収率は右肩下がりに下がっている。「現代日本人の意識構造」調査も、第一回(1973年)、第二回(1978)に 約78%だったが、そこから一貫して低下し続け、今回は約58%だったそうである。

社会学における大規模調査の代表例であり、国際的な評価も高い「社会階層と社会移動(SSM)」調査の最近回で、回収率が5割を切ったことは、社会学界に とって衝撃的なニュースとして受け止められた。
こうなってくると、無作為抽出を前提とした統計的な実証調査というものの有効性が、根底から揺らぐことになってしまう。同様に、国勢調査などの回答率も近 年大きく下がり続けている。これは政策決定において基礎をなすデータの信用性が下がっているということであり、あまり一般には知られていないものの、非常 に大きな問題である。

量的(統計)だけでなく、質的調査(フィールドワーク)においても、近年依頼を拒否される事例が増えていると聞く。社会調査にまつわる学術活動は、極めて 重大なものでありながら、その実行が難しくなってきている。社会調査を名乗る団体が詐欺であったりする可能性はむろん否定できない。しかし調査主体と質問 項目を見れば、それが商業的に悪用できるものであるかどうか、ある程度の判断はできるはずである。むろんプライヴァシーは重要であるが、ここをご覧の方々 には、賢明なご判断をお願いしたい次第である。

また、この『現代日本人の意識構造』では、ほぼ同じ質問項目を、1973年の第一回から五年おきに行われた調査で継続使用しているというのが重要で ある。こうした調査は、継続的な調査によって経年変化を見ることが重要な目的の一つであるが、調査自体が長続きしない(つまり認知されてスポンサーなり支 援などを受け続けない)限り、時代的な変化を捉えることができない。この調査では、長年の実績によりそれが可能になっているという訳だ。

以下の大分類のもと、回答を分析した論考が並んでいる。


・男女と家庭のあり方
・政治
・国際化・ナショナリズム・宗教
・仕事・余暇
・日常生活
・生き方・生活目標

調査の報告書、つまり基礎的なデータのまとめを目的とした形式になっているため、全体を通した仮説や結論がはっきりとある本ではない。個別の項目に 対する最小限のまとめを施した各部分の面白さを、自分で見つけていくという読み方になるだろう。
たとえば「婚前交渉の是非」に対し、「不可、婚約で可、愛情があれば可、無条件で可」という選択肢を設けた質問項目がある(むろん質問紙自体はより丁寧な 言葉である)。73年に最も多かったのは「不可」であり6割を占めていた。それが93年には「愛情があれば可」が最も多くなる。それ以後、変化がゆるやか になるが、婚前交渉に対する寛容度は一貫して増している。
そしてこれを回答者の年齢と合わせてグラフにしてみると、実は共通の生年である同じ世代は、昔と今と考えを変えていない場合が多い。つまりこうした「社会 意識」の変化は、国民全体の考えがのっぺりと移り変わったのではなく、性行動に厳格な考えを持つ先行世代が年老い、引退していき、開放的な新しい世代が社 会に参入してきたからである、ということが分かる。こういう細かい発見を読み込んでいくタイプの本である。

上述の大分類に従い、膨大な発見と記述があるので、細かい点については実際に本をお手に取って確かめて頂きたい。

個人的には、いわば「保守化」と見られるような傾向に関心を引かれた。たとえば家庭における「父親の役割」について、より積極的な子供への関与などを求め る回答が、過去ほぼ一貫して減少していたのに、近年やや反転現象が見られるという。また政治課題として「経済の発展」「福祉の向上」などの中で、「秩序の 維持」が近年増加しているという。政治的行動を(自発的な)「活動」、(上役・有力者・上司などへの)「依頼」、「静観」に分けると、「活動」がずっと減 少している一方で、近年「依頼」が微増している点なども、ある種の「保守化」かもしれない。

他にも興味深いデータが多い。しかし、調査設計時と現代の状況がすでに異なっているという限界もある。「男女と家庭のあり方」においては、おそらく 日本のフェミニズムの勃興期に設計されたこの調査では、「女性の社会進出」が最大の問題関心となっており、記述のはしばしに「女性はもっと社会進出するべ きである」という価値判断が散見される。
しかし、日本のフェミニズムと企業・社会形態がともに重視していた「日本型福祉社会」は、すでにかなりの程度崩壊して久しい。「女性が社会進出する」こと の文脈がすでに位相転移していることを、どう捉えるのか、この調査の中からはなかなか出てこない。

また、「伝統志向−伝統離脱」、「あそび−まじめ」といった対立項が大きな仮説として提示されている。調査設計時、日本が非西洋において「近代 化」・「工業化」に最も成功したと内外から目されていたからこそ、こうした仮説にも意義があった。しかし社会意識をこのように分節化することに、現代にお いていかなる意味があるのかも、いまいち分かりづらい。

「階層」のような、ある意味で「客観的」なテーマであれば、こうした問題は生じにくいかもしれない。これは、「社会意識」という重大だが分析の難 しいテーマにおいて、長期的かつ大規模に行われてきた調査の、現在進行形の歴史的記録である、ということなのかもしれない。個人的には、安易に都合よく結 果を引用する読み方よりも、「社会意識」を「実証分析」することの困難さに思いを馳せながら読むべき本だと思う。


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