2010年6月9日水曜日

asahi shohyo 書評

台湾人生 [著]酒井充子

[掲載]2010 年6月6日

  • [評者]田中貴子(甲南大学教授・日本文学)

■「日本人だと思っていた」あの頃

 「あのころは、自分は日本人だと思ってたよ」と陳さんは語った。台湾で「日本人」として生きる。移住者の話ではない。日本統治期に 日本の文化や言葉を教育された台湾人のことだ。明治28(1895)年から50年間、台湾は日本の領土だったのだ。

 本書は、日本人と同じ教育を受け日本語を使う世代の人々を、1969年生まれの著者がインタビューしたものである。著者は通訳 を一切介さず、日本語の対話によっていくつもの人生を再現してゆく。流暢(りゅうちょう)な日本語にふと交じる少し拙(つたな)い口調には、台湾と日本と に引き裂かれたアイデンティティーを感じてせつなくなってしまう。

 中でも、台湾原住民のパイワン族として生まれた男性の話は貴重だろう。彼は台湾人、日本人、そして原住民という三重の人生を生 きたのだ。それを、著者は淡々と聞き書きする。その姿勢が、声高に何事かを主張するより強い光を放っている。

 個人にとって「国」とは何かということを再考させる好著である。著者は同名の映画を監督し話題となったが、映画とは別の「台湾 人生」を、ぜひ行間から読み取っていただきたい。

表紙画像

台湾人生

著者:酒井 充子

出版社:文藝春秋   価格:¥ 1,650

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