2010年6月12日土曜日

kinokuniya shohyo 書評

2010年06月11日

『都市空間の地理学』加藤政洋/大城直樹編著(ミネルヴァ書房)

都市空間の地理学 →bookwebで購入

「現代の都市を読み解く」

 本書は都市の地理学、とくに都市の空間についての地理学の入門書であり、さまざまな理論がわかりやすく説明されている。最初の部分では、都市の同心円的 な発展という古典的な理論を提示したシカゴ学派の都市の社会学、パリのパサージュの空間とその空間が作りだしたフラヌール(散歩者)を考察したベンヤミン の都市の歴史哲学的な考察、盛り場を中心とした生活空間としての都市を構想した石川栄耀の都市計画の理論が提示される。

 この三つの古典的な都市空間の理論を土台として、そのさまざまな発展形が描きだされる。現代的にみて興味深いのは、都市がグローバリゼーションの中で新 たな重要性を帯びてきていることである。シカゴ学派のアーネスト・ワトソン・バージェスが論集『都市』に発表した論文「都市の成長」では、都市の同心円の 発展の理論を紹介したが、この理論では中心部から郊外へと直線的に発展していくモデルが構築されていた。しかし現代ではその方向がふたたび逆転している例 がみられる。ひとたび価値のないものとして見捨てられた空間を、あらたな価値の担い手としてつくり直すのである。

 日本の原宿のアパートのように、かつては大衆的なアパートだったものが、あらたな価値を付加されて、ブティックとなって再登場する例がある。市内 の労働者地区や倉庫街が再開発されて、高級住宅や商店街として再利用されることもあり、ニューヨークの倉庫街がアーティストの町に変身していったのがその 重要な例である。「歴史的建造物の保存を求める人びとは、ロフトに住むアーティストたちと協力することで、地区全体の芸術性を高めていっ た」(p.137)のである。

 都市の開発を終えて、郊外に、地方に、そして外国に進出していった資本が、やがて都市に回帰して、使い尽くしたと思える資源に、あたらに手を加え ることで、新しい価値を創造する方法をみいだしたのである。襞をほどくと大きな平面が展開されるように、時間のうちに織り込まれた空間を開くことで、あら たな市場を獲得する。これはグローバリゼーションの新しい市場を発見するためのきわめて有効な手段なのだ。

 同じことが、都市全体を壁て囲んで、安全性を強調した「ゲイテッド・コミュニティ」」にも言えるだろう。ロサンゼルスなどで典型的に展開されたこ のコミュニティにも似た町が、日本でもいくつか存在する。住民の知り合いでなければ立ち入ることができず、出入りするすべての人々がビデオで写されるか、 録画されている。

 大阪にある七〇〇戸の規模のあるコミュニティでは、住民がインターネットを経由して、たがいに監視しあうことで治安が保たれているという。保護さ れている住民は、同時に監視されている住民でもある。そして監視は同時に「街のイメージを維持する」(p.161)いう意図でも行われている。住宅の商品 価値を維持するために、フラワーポットが設置され、住民はつねに花を咲かせることを求められるという。そしてこの閉じられた空間には、「内部に定着してい る人間が、敵としてではなく、客として移動する他者を迎えいれ、それと関係性を維持する」歓待の精神はまったく消滅してしまうのである。

 興味深いことは、ここでは公的な意味での警察が不要であり、民間の企業が警備の役割も果たしていることである。「公共空間の民営 化」(p.138)は良さそうでありながら、さまざまな問題点を抱えている。企業は、公的な機関とは違って説明責任を求められることがないために、あらゆ る蛮行がひっそりと可能になるのである。アメリカで市の公園を運営している民間企業は、「労働組合運動に参加する労働者を雇用しない方針を採ってい る」(p.139)というが、公的な空間が一部の人々に閉ざされ、従業員が差別的に雇用されても、誰も苦情を唱えることもできないのである。

 このような公的な業務を民間に事業体に開放することも、グローバリゼーションの新たな市場創設の方法の一つである。軍隊や監獄など、もっとも公的 な意味をもつ国家の業務に民間企業を導入することは、公的な費用の節減と、民間企業への新しい市場の提供という二重の利益を生み出すために、今後さらに展 開されていくに違いない。都市の空間についての考察方法はまだ多様なものがあり、本書にはその実例のいくつかが提示されている。参考文献の説明もわかりや すい。

【書誌情報】
■都市空間の地理学
■加藤政洋/大城直樹編著
■ミネルヴァ書房
■2006/09/15
■304p / 21cm / A5判
■ISBN 9784623046805
■定価 3150円

●目次
第1部 都市論の胎動(シカゴ学派都市社会学—近代都市研究の始まり;ヴァルター・ベンヤミン—遊歩者と都市の幻像 ほか)
第2部 街路の地理学(シチュアシオニスト—漂流と心理地理学;ミシェル・ド・セルトー—民衆の描かれえぬ地図 ほか)
第3部 都市景観の解釈学(ジェームズ・ダンカンとナンシー・ダンカン—テクストとしての都市景観;消費と都市空間—都市再開発と排除・監視の景観 ほ か)
第4部 ポストモダンの地理学?(アンリ・ルフェーヴル—空間論とその前後;デヴィッド・ハーヴェイ—社会‐空間のメタ理論 ほか)



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