2010年6月16日水曜日

asahi shohyo 書評

ポジティブ病の国、アメリカ [著]バーバラ・エーレンライク

[掲載]2010年6月13日

  • [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■サブプライム被害でも「前向きに」

 ポジティブな考え方をすること(positive thinking)がアメリカ全体を蝕(むしば)んでいると本書は警告を発す る。アメリカ人にとって、ポジティブであることはもはやイデオロギーの一部である。これは、前向き、積極的に、そしてよい側面のみを見ようとする考え方、 すなわち楽観主義とともに、そう考えるように訓練することも意味している。後者においては、ポジティブな思考はポジティブな結果をもたらすことも強調され る。ポジティブ思考を売り込む本・セミナーそして学問(たとえば「ポジティブ心理学」)が人気となり、一つの産業にまで成長している。他方で著者は、こう した思考が、経営者の行きすぎや経済の破綻(はたん)を覆い隠すことにも貢献していると述べる。

 翻って考えてみると、アメリカは元来悲観主義の極致ともいえる謹厳なカルヴァン主義によって支配されていた。そこでは、救われ ているかどうかは神によって一方的に決められると信じられた。

 こうした歴史を念頭に置くと、興味深いのは、宗教の世界にもポジティブ思考を奨励する動きが目立ってきたことである。牧師自ら が、信仰でなく、自分がポジティブな態度をとるかどうかが人生を決めると説く。あるテレビ伝道師によると「神はポジティブ」なのだ!

 ジョエル・オスティーンらが率いるメガチャーチにこの傾向は顕著である。そこでは、神はスピード違反をした時に罰金を払わずに すむよう取り計らってくれる程度の脇役に押しやられている。そして彼らはサブプライム問題の被害者に、自らを被害者と考えないように説く。

 やや誇張と思われる議論や事例がないわけではないが、興味深いアメリカ論となっている。そして、自分はこの種の講演会に大金を 払いたくないものだと強く感ずる。

 ところで、日本はどうであろう。アメリカと比べると明らかに悲観的な国民であろうか。しかし、少子化時代の到来や年金破綻がわ かっていても、本格的な対策はとられない。次は誰か日本について説明して欲しい。

    ◇

 中島由華訳/Barbara Ehrenreich 41年生まれ。著書に『「中流」という階級』。

表紙画像

ポジティブ病の国、アメリカ

著者:バーバラ・エーレンライク

出 版社:河出書房新社   価格:¥ 1,890

表紙画像

「中流」という階級

著者:バーバラ エーレンライク

出 版社:晶文社   価格:¥ 3,873

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