2012年7月12日木曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年07月09日

『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』木暮 太一(星海社新書)

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? →bookwebで購入

「マルクス『資本論』から考えるこれからの働き方」

 ホントに見事なタイトルである。思わず肯いてしまう人もいることだろう。

 しかし本書は、ありがちな「転職」や「独立」や、ましてや「サボリ」を勧めるような類の本ではない。マルクス『資本論』を手掛かりに、労働の本質 を捉え、「僕たち」の働き方を考え直そうと試みる、だいぶ射程の長い本だ。著者は『資本論』とロバート・キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』の二冊を 深く読み込んで考えた成果だといっているが、『金持ち父さん』が料理のトッピングソースだとしたら、肝心の食材でより多くの血肉になっているのは『資本 論』であろう。

 著者は、例えばこんな問題を立てる。
 ・なぜ僕たちの「年収」は「窓際族」のオジサンたちよりも低いのか
 ・なぜ僕たちは「成果」を2倍上げても「給料」は2倍にならないのか
 ・なぜ僕たちの「人件費」は「発展途上国」よりも高いのか
 給与が不平等で、成果に見合っていない、という巷間よくある問題だ。

 だが、これらの疑問に対し、著者はマルクスの資本主義経済の分析を介して、企業は成果に対して報酬を支払うわけでない、と説明する。企業は労働者 が生活していけるだけの社会的な「必要経費」しか支払わない。だから、二十代の独身者より、家族を抱えるオジサンたちの給料の方が高いのだし、発展途上国 より生活費が掛かる日本で働く労働者の給料の方が高くなるのだ。

 企業の利益は、労働者から「剰余的価値」を引き出すことで生まれる。「剰余的価値」とはマルクスの用語で、詳しくは本書の分かりやすい解説を読ん でもらいたいが、労働者が「必要以上に働いた分」である。労働者は企業や組織の中で、限界ギリギリまで働かなければならない。だから、年収300万から1 千万円の仕事に転職できたとしても、楽々と左団扇で暮らせるわけではないのだ。ネズミが車輪の中を走る「ラットレース」が永遠に続く。これが「搾取」であ る。

 そこでマルクスは、労働者を搾取から解放するために「共産主義革命」を唱えた。一方、小粒になるが、キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』は 「投資(不労所得を得ること)」の必要性を唱えた。この両者に対して、著者は大学を卒業する際、どちらも現実的ではない、と考えた。ここが著者の真骨頂 だ。とっても現実的である。

 著者は十年間、企業社会で働きながらこう考えた。
 ・「自己内利益」を考える
 ・自分の「労働力の価値」を積み上げていく(資産という土台を作る)
 ・精神的な苦痛が小さい仕事を選ぶ

 売上300万で利益が100万の仕事と、売上1千万あるが利益が50万の仕事と、どちらが良い仕事であろうか。働く人にとっても同じだ。もらえる 収入から「必要経費=精神的な肉体的な苦痛やストレス」を差し引いて、自分の中に残る「利益」を考えてみよう。「売上」が多いことは華やかに見えるが、そ れよりも内実の「利益」から捉える方が良いはずだ。

 また、短期的な損益計算だけではなく、長期的に利益を生み出す土台=資産を見ることが大事だ。働く際にも「BS思考=貸借対照表的な考え方」を 採ってみよう。一年間、すり減るように働いて100万円の利益を得ても、続かなければ意味がない。毎年すり減り続けるだけだ。それより、最初は少額の利益 しか得られなくても、自分の中に利益が上積みされ、資産がかたち作られていくような働き方を心掛けることが大切だ。

 業界を選ぶ場合にも、インターネット業界のような日進月歩で変化の激しい世界より、例えば建設業界のような変化が乏しいところで働いた方が、かえって資産を醸成しやすくて良いのだ、と著者は説く。良心的なアドバイスではないだろうか。

 本書でいう「僕たち」とは、著者より若い二十代・三十代前半の若者を指しているのだろうが、ひと回り違う世代の評者にとっても、本書は説得的で、 十分に魅力的であった。それもそのはず、本書でいうことは、街場のオヤジたちが言わずと実践してきたことなのだ。だが、こんなことを教え諭すオヤジたちが いなくなってしまった。なぜいなくなったのか。それはまた別の問題だが、本書は街場にあった真理を、丁寧に掘り出してくれた本なのである。本とはそういう ものだ。多くの人におススメしたい。

 最後に、本書は「次世代による次世代のための 武器としての教養」をうたう星海社新書の一冊になる。「旧世代」扱いされた読者には煙たい思いがす るが、本当の狙いは違うだろう。この新書シリーズからは、他にも、山田玲司『資本主義卒業試験』のようなラディカルな本が出ている。『僕たちはいつまで』 とはまた違った切り口で、資本主義社会での生き方を問い直す「前代未聞の哲学書」である。こちらも世代とは無関係に、併読をおススメしたい。


(カタロギングサービス部 佐藤高廣)



→bookwebで購入

0 件のコメント: