2012年7月11日水曜日

asahi shohyo 書評

未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命 [著]片山杜秀

[評者]柄谷行人(評論家)  [掲載]2012年07月08日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:片山杜秀  出版社:新潮社 価格:¥ 1,575

■経済力に劣る日本、玉砕戦法だけ残った

 現在の日本には、つぎのような見方が行き渡ってい る。それは、日露戦争までの日本人は、合理的・現実的・普遍志向的であったのに、以後、日本人は非合理的・非現実的・反普遍的となってしまった。ゆえに、 日露戦争までの日本人のあり方を参照すべきである、というものだ。本書は、そのような司馬遼太郎的史観をくつがえすものである。
 たとえば、日本 人が日露戦後に非合理的・精神主義的となったのは、第1次大戦を十分に経験せず、日露戦争の体験を通して世界を見ていたからだといわれる。確かに、日本軍 は青島要塞(ようさい)の攻略においてドイツ軍に楽勝したように見えるが、それは日露戦における旅順要塞の惨劇をくりかえさないために、軍の近代化をは かったからだ。大量の砲撃を先行させ、歩兵戦を避けたのである。逆に、第1次大戦でドイツ・フランス・ロシアは、むしろ日露戦争における日本軍の肉弾戦か ら影響を受けていた。
 第1次大戦後の日本軍は、敗北したドイツの戦法から学んだ。それは短期決戦+包囲殲滅(せんめつ)戦という戦法である。し かし、これは日露戦争や青島での勝利に酔って傲慢(ごうまん)になったからではない。現代の戦争は総力戦であり、戦力は経済力に比例する。「持たざる国」 は「持てる国」に勝つことができない。物質力に劣った日本は、どうすればよいか。それを精神力で補い、勝てそうな相手とだけ、短期決戦の戦争をするしかな い。そう考えたのが「皇道派」(農本主義ファシスト)である。彼らは2・26クーデターを起こして鎮圧された。
 一方、日本を計画経済によって 「持てる国」に変えることは可能だと考えたのが、「統制派」(生産力ファシスト)である。しかし、明治憲法にもとづく体制は、全面的統制を可能にするよう な権力の集中を妨げた。ゆえに、日本においてファシズムはついに「未完」であった。その中で、石原莞爾は満州を領有すれば日本を大産業国家にできると考 え、独断で満州事変を起こした。にもかかわらず、彼の考えでは、日本は将来「持てる国」になるまでは、決して戦争をしてはならなかった。
 つま り、皇道派も統制派も「持てる国」との戦争を拒絶していたのだが、ほとんど政治的に失脚してしまい、結果的に、短期決戦+包囲殲滅戦という戦法だけが正統 的なものとして受け継がれたのである。満州事変をきっかけに「持てる国」との長期的な戦争に突入していったとき、日本軍には「玉砕」という戦法しかなかっ た。この過程を考察して、著者は「背伸びをするな」ということを「歴史の教訓」として見いだしている。
    ◇
新潮選書・1575円/かたやま・もりひで 63年生まれ。慶応大学准教授。思想史研究とともに、音楽評論でも活躍。『音盤考現学』『音盤博物誌』の2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞。ほかに『近代日本の右翼思想』『ゴジラと日の丸』など。

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