2012年7月6日金曜日

asahi shohyo 書評

一から読むオウム 中島岳志さんが選ぶ本

[文]中島岳志(北海道大学准教授〈アジア政治〉)  [掲載]2012年07月01日

表紙画像 著者:森達也  出版社:集英社インターナショナル 価格:¥ 1,995

■解決されざる問題がそこに

 指名手配犯の連続逮捕劇によって、オウム真理教への関心が久々に高まっている。しかし、連日の報道は、逃走中の男女関係や生活に多くがあてられ、「なぜ信者が殺人という暴力に至ったのか」という真相の究明は置き去りにされたままである。
  一般的に地下鉄サリン事件をはじめとする凶悪事件の要因は、麻原の支配欲や野心、ルサンチマン、誇大妄想といった属人的側面に還元されることが多い。ま た、教義に含まれる終末論的側面から宗教的解釈をする議論も多くある。しかし、それでもなお釈然としない思いがどうしても残る。オウム問題が解決されたと は、到底思えない。
 森達也はオウムの内側にカメラを持ち込み、日本社会を逆照射するドキュメンタリーを発表してきた。2010年に出版した『A3(エースリー)』は、閉じられた教団内での過剰な危機意識の高揚と「尊師」の思いを過剰に忖度(そんたく)する弟子たちの暴走に着目する。
  森は麻原を免罪しているのではない。麻原に罪を還元することで、オウムを他者化してしまうことを恐れるのだ。オウムは日本社会の戯画である。だから、我々 は「あの事件」から目をそむける。裁判の過程で麻原は理性に破綻(はたん)をきたし、まともな会話能力を失っているにもかかわらず、異例のスピードで死刑 判決が出た。事件の要因を究明するよりも、オウムを葬り去ることを優先する社会に、森は強い警告を発する。

■違和感を凝縮し
 オウムの全体像を見通すには島田裕巳『オウム——なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』が適している。島田は地下鉄サリン事件以降、オウムへのコミットを問われ、大学教員を辞職した。彼は自己言及を繰り返しながら、オウムの本質に迫る。
 島田が言うように、オウム事件は日本社会に生きながら、社会の在り方に違和感を持つ人間の無意識の願望を象徴するものだった。しかし、それがなぜ殺人という暴力に行きついたのか。プロセスは理解できても、その構造は不明瞭だ。
  地下鉄サリン事件の起こった1995年当時、宮台真司は『終わりなき日常を生きろ』(ちくま文庫・672円)でポストオウムの時代の指針を説き、話題に なった。宮台曰(いわ)く、ハルマゲドンのような大きな変革など、もうやってこない。大切なのは永遠に輝きを失った世界の中で、パッとしない自己を抱えな がら、腐らずにまったりと生きていくスキルである。輝かしい未来への幻想を捨て、終わりなき日常を戯れながら生きる知恵こそが必要とされる、と。

■空虚な日常今も
 しかし、世界は相変わらず輝きを求め続ける。終わりなき日常は、永遠にキツい。人は、現実に空虚感を抱き、自己の意味を求め続ける。当時の若者がオウムに惹(ひ)かれていった原理的構造は、今でも継続している。
 私たちは、まだオウム真理教事件に決着をつけられていない。オウムは未決のまま、漂流している。しかし、事件は風化し、忘却の淵(ふち)に追いやられる。私たちは、もう一度、オウムと向き合う必要があるだろう。
  素材は多く提供されている。井上順孝(のぶたか)責任編集『情報時代のオウム真理教』(春秋社・3780円)では、複数の研究者が、一次資料に基づく分析 を行っている。降幡賢一『オウム裁判と日本人』は、一連の裁判をコンパクトにまとめ、事件に迫る。同じ著者による裁判傍聴ルポ『オウム法廷』(全15冊、 朝日文庫・品切れ)も必読だ。

 ◇なかじま・たけし 北海道大学准教授(アジア政治) 75年生まれ。本社書評委員。近著に『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』

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