2009年5月26日火曜日

asahi shohyo 書評

早世の天才画家—日本近代洋画の十二人  [著]酒井忠康

[掲載]週刊朝日2009年5月29日号

  • [評者]海野弘

■美術史の蓄積のすごさ

  大正・昭和の日本近代美術史から12人の画家が選ばれて語られている。それは著者が愛した画家ではあるが、いずれも早世の人々であった。それは偶然とはい えず、逆にいえば、日本の近代美術を荷なった人々は、厳しい状況の中で多くが短く、せわしない生を終えなければならなかったのである。彼らについて語るこ とは近代文化の運命を語ることなのだ。

 著者は鎌倉の神奈川県立近代美術館で長く活動をつづけ、現在は世田谷美術館の館長である。鎌倉の近代美術館は土方定一(ひじかた・ていいち)の下に、日本近代美術史研究のメッカであった。ここにとりあげられた画家の多くは、この美術館の企画展によって新しく評価された。

 その土方美術史学を受けついだ成果がここに示されている。

 だがアカデミックな蓄積を背景としながら、それにとどまらず、そこに私的な体験、情感をはさみつつ、読者にやさしく語ってくれ るのがこの本の魅力である。絵について語るにはいろいろなやり方があり、「わたしは画家の人間的な一面と作品の見所をはずさない配慮があれば、それで十分 だと思っている」というさりげないまえがきのことばにはっとさせられる。

 かつて美術編集者であった私は、鎌倉に通い、土方定一先生の影響を受けた。

 もっとも酒井さんは直弟子であるが、私は門前の、いや塀の外の小僧で、習わぬ経を読んでいたのであるが。しかし、そんなアカデミズムをはずれた私の文章にも寛大に声をかけてくれたことがなつかしい。

 アカデミズムに反発してきた私も、ようやく、次の世代に送るための知としての美術史の蓄積のすごさや重要性に気がつくようになってきた。

 日本の近代美術史の中で、このようなすばらしい画家たちが再発見されてきた。彼らは早世であったけれども、また甦ってきたのだ。この本が開かれた美術史として、日本の近代美術の魅力を21世紀の世代に伝えてほしいものである。

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