2009年5月20日水曜日

asahi shohyo 書評

女性神職の近代 [著]小平美香

[掲載]2009年5月17日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■なぜ神職は男に限られたのか

 神社と女性。この組みあわせから普通の人が想像するのは、社務所でおみくじを売ったり、儀式の手伝いをしたりする巫女(みこ)たちだろう。祭祀(さいし)をとりしきる神職に、女性が就いている姿を考えることは、まずない。

 なぜ神職は男に限られたのか。なまじ知識があると、女性を穢(けが)れたものと見なした昔の偏見のせいにしてしまいそうであ る。しかし古代から、宮中でも神社でも、祭祀にかかわる役職のうちには、女性限定のものも含まれていたし、徳川時代の神道家たちも、女性が神職に就くこと を認めていた。

 明治維新をへて、神道が国家祭祀として再編成されたときに、初めて男性に限られるようになり、戦後改革でその制限が取り払われて、今日に至ったのである。著者みずからもまた、神道思想を研究するかたわら、神職を務めてもいる。

 しかしこの本は、宙に浮いたジェンダー論で話をしめくくったり、女性祭司の神秘性を復権するといった安易な道をとらない。史料の地道な発掘と読解を通じて、神社神職から女性が排除された経緯を、すっきりと説明している。

 徳川時代、社寺に属さずに託宣や祈祷(きとう)を行う女性宗教者の活躍に対し、神道家たちは、そうした民間信仰と正式な神道と の区別に腐心するようになった。これに儒学の男性中心主義が重なり、神社が明治国家の統治機構の一端に位置づけられたことで、歴史上前例のない女性排除が 実現したのである。

 やはり新刊の、高梨一美『沖縄の「かみんちゅ」たち』(岩田書院)では、これとはまったく異なる、王権と女性祭司との関係が語 られている。かつての琉球王国では、ノロやツカサと呼ばれる、多くの女性祭司が国家のもとに組織され、日本に併合されたのちにも、村々の祭祀をずっと司 (つかさど)っていた。

 民間の信仰の世界が、国家による統合の過程で、いかに変わり、また排除されたのか。そこに、男女の役割分担はどう関係していたのか。さまざまな国や地域の違いをこえて、興味の尽きない主題である。

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おだいら・みか 66年生まれ。学習院大学人文科学研究所客員所員。天祖神社禰宜(ねぎ)。

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