2010年10月12日火曜日

asahi shohyo 書評

大川周明—イスラームと天皇のはざまで [著]臼杵陽

[掲載]2010年10月10日

  • [評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

■政教一致に大乗アジアの未来仮託

 かつて竹内好は、講演の中で次のように述べたことがある。「イスラムによる世界征服というビジョンが大川にはあるような気がします」

 近代日本を代表するアジア主義者として活躍した大川周明。彼はイスラームが政治と宗教の一体化を実現し、文化圏を超えて世界に拡張する姿に「世界統一」の夢と方法を見たのではないか——。それが竹内の指摘だ。

 本書は大川周明のイスラーム観の変遷を綿密に辿(たど)りながら、彼の思想構造を明らかにする。

 若き日の大川は、イスラームの中でも内面的・精神的・霊的な側面を重視するスーフィズムに強い関心を示し、「神秘的マホメット教」と呼んだ。しかし、その姿勢は、現実政治へのコミットという「転回」によって変化していく。

 彼は、国家改造を唱えるイデオローグとして活躍し始めると、イスラーム法による統治を重視するイスラーム共同体への関心を強 め、その中に政教一致の理想を見いだす。特に世俗権力と宗教権威が一体化したオスマン・トルコのスルタン=カリフ制に理想の形態を見いだし、そこに「大乗 アジア」の未来を仮託した。

 さらに大川は、スルタン=カリフ制にあるべき天皇像を重ね合わせていく。大川は五・一五事件などの国家改造クーデターに加わったが、彼はイスラーム世界からヒントを得た理想的政治形態の実現を目指して闘った。

 しかし、現実にはトルコ革命によってスルタン=カリフ制は廃止される。大川の夢は、イスラームの現実によって裏切られ、研究は現状分析から「理念型としてのイスラーム」の記述に終始することとなる。

 敗戦を経由した晩年の大川は、再びスーフィズムへの関心に回帰する。そこから「精神的東洋」のあり方を構想するが、すでに彼の存在は忘却の彼方(かなた)に追いやられていた。

 かつてのアジア研究では忌避されてきた大川周明。その思想にイスラーム研究の側から大胆にメスを入れ、その構造を明らかにした本書は、重要かつ画期的な成果である。

    ◇

 うすき・あきら 56年生まれ。日本女子大学教授(中東地域研究)。『原理主義』など。

表紙画像

原理主義 (思考のフロンティア)

著者:臼杵 陽

出版社:岩波書店   価格:¥ 1,365

0 件のコメント: