川瀬敏郎 一日一花 [著]川瀬敏郎
[文]保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員) [掲載]2013年02月17日
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「花人(かじん)」として花をいけ続けてきた著者が、東日本大震災の後、生まれて初めて花を手にすることができなくなったという。
しかし、被災地に生きる人たちの、花をながめる「無心の笑顔」をテレビで見て、無性に花をいけたくなった。そして一日に一花を毎日「たてまつる」ことにした。
本書には、その営みの一年分が、一ページに一日の形で収められている。だから、その日その日に開く楽しみがある。たとえば2月17日の場合、「花」は青木 (アオキ)のみと実にシンプルだ。そこに「緑の部分が地上に出ていたところ。復興を願いつつ」という著者の言葉が添えられている。すべてが「手向け」の花 となっている。
一度だけしか現れない花もあれば、青葛藤(アオツヅラフジ)のように繰り返し登場してくる花もある。2月には躑躅(ツツジ)のつ ぼみと対照を成す枯れた葉として、9月には「秋の山ではまず青葛藤をさがすくらい、心惹(ひ)かれる実ものです」と主役級で、11月には竜胆(リンドウ) の引き立て役としていけられるのだ。
異なる姿に、異なる役割。もし人が季節の変化とともにあろうとするならば、きっとこのように、構えを柔軟に 変化させる必要があるのだろう。そしてその構えを見いだした時、あるいは見えるようにした時、自(おの)ずと美が残る。生まれるのではない。すでにあった ものとして、美は浮かびあがってくるのだ。「物数はみなみな失せて、善悪見所は少なしとも、花は残るべし」と世阿弥も言っていたではないか。花を残してい く務めが、私たちにはある。一日に、あるいは一生に、一花と。
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新潮社・3675円
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