2013年3月15日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年03月12日

『ナチ・イデオロギーの系譜−ヒトラー東方帝国の起原』谷喬夫(新評論)

ナチ・イデオロギーの系譜−ヒトラー東方帝国の起原 →bookwebで購入

 ヒトラーといえばユダヤ人虐殺というイメージがある。しかし、著者、谷喬夫は「あとがき」で、つぎのように述べている。「もし<ホロコースト>だけを単 独で考察してしまうと、ヒトラーの蛮行は政治思想の対象というより、結局かれの人格上の欠陥やパラノイアに、追従者たちは「権威主義的人格」に還元されて しまう恐れがある。しかしヒトラーの幼少期や青年期の伝記をいくら詳細に眺めても、それがいかに興味深いにせよ、その政治思想の秘密を解く鍵が見つかるわ けではない」。「ユダヤ人絶滅政策を誘発したヒトラーの東方支配のアイディアは、決してかれ個人の病的妄想の産物ではない。ヒトラー自身は黙して語らない が、それは本書が明らかにしたとおり、一九世紀のドイツ・イデオロギーやクラースら帝政末期の極右派、さらにルーデンドルフに代表される東部戦線の白昼夢 を引き継いだものである」。

 著者の疑問は、「いったいこうした東方支配のアイディアはどこから来たのだろうということであった」。「そこで本書では、ヒトラーの東方大帝国構想が思 想史的にみてどこにその起原を有していたのかを追求してみた。その系譜として、わたしはトライチュケを代表とする一九世紀ドイツ・イデオロギー、帝政ドイ ツの極右勢力、全ドイツ連盟会長クラースの政治思想、さらに第一次世界大戦末期のドイツ東部戦線の国民的経験に出会った。ヒトラーはこうした思想的系譜と の連続性を示しながら、しかしそれを誰もが想像し得ないほどに急進化、凶暴化した。ナチにおける合理性と非合理性の「悪魔的統合」(M.ホルクハイマー) は、伝統的右翼の想像し得ない野蛮を生み出したのである。したがって本書はナチ・イデオロギーの系譜を、ドイツ政治思想の連続性と非連続性の二重構造のな かに探ろうとした試みである」。

 かねてよりドイツはなぜ、海外植民地の獲得に積極的でなかったのか、不思議に思っていた。その理由のひとつは、歴史的にイギリス、オランダ、フランス、 さらにはデンマーク、スウェーデンのように東インド会社あるいはそのような海運力がなかったから、と考えていた。しかし、本書では、東方政策との関連で、 つぎのように説明されていた。「なぜ海外よりも内陸植民の方がふさわしいのだろうか。その理由は、海外植民の場合、人口流出によって「ドイツ民族の力の消 耗」、「民族喪失」をもたらす可能性が高いからである。この点もヒトラーによって東方政策の論拠として受容されている。したがってクラースによれば、海外 植民地の目的は当面、原料調達や製品販路、軍事上および交通上の中継基地とされるべきなのである」。

 また、別のところでは、つぎのように説明されていた。「ドイツが必要としているのは、ヨーロッパ内部の植民地であり、そこに健全なドイツ人農民階級を育 成することである。内陸の植民地に自営農民が増大すれば、大都市の過密状態も、移民という民族の海外流出も食い止めることができ、食糧の自給体制も確立す ることができる。海外植民地は、ドイツ民族の流出という欠陥を持っているから、あくまでヨーロッパで、「われわれは西でも東でも土地を要求しよう」という のである。ヒトラーは『わが闘争』において、ヨーロッパ東部へ植民地を獲得するという目標を、自分の独創のようにいっているが、実はこうした方針は全ドイ ツ主義者の主張だったのである」。

 そして、人種差別、能力主義、社会主義敵視なども、クラースなどの思想に行き着くことを、つぎのように述べている。「クラースにとって、また社会問題の 深刻さを自覚する保守派にとってさえ、社会主義者は<帝国の敵>である。クラースによれば、そもそも普通選挙は、劣等で無能で粗暴な者と、「尊厳[略]」 「能力[略]」「円熟[略]」を備えた者(クラースによれば、こうした人々は当然「財産と教養」を有している)を同列に扱う悪しき平等思想(その創始者は ルソー)に基づいている。制約なき普通選挙によって、劣等者の支配に道が開けたのである。もし帝国の伝統を維持したければ、劣等者の支配をたくらむ社会主 義者は追放されるべきであり、国家が自己保存権を有する限り、法治国家の下でもこうした特例法の制定は可能である。さらにクラースによれば、社会主義の危 険を一層深刻にしているのは、その背後に、ドイツ民族を汚染するユダヤ人がうごめいていることである。そのインターナショナリズムはドイツの国益を著しく 損なうことになる」。

 今日でも、たとえばEU内の債務危機に陥っている国々を、ドイツが同じような目で見ているとするなら、民主的なEU像は見えてこない。いっぽうで、この ような見方が否定できないような状況が、日本にもあるとするなら、ヒトラーの急進化、凶暴化にいたるような環境が日本にもあるといえる。本書によって、そ の系譜はわかった。しかし、もういっぽうでそれを止めることができなかった原因を明らかにしなければ、第二、第三のヒトラーが出現することになる。

 また、ドイツの東方政策と同じようなことは、ソビエト連邦時代(1922-91年)に連邦内各地へのロシア人移住としておこなわれ、中華人民共和国の漢 族の「周辺」への移住は今日もつづいている。そう考えると、国民統合の名のもとにおこなわれる「生存闘争」は、今日でも世界各地でおこなわれているといえ るかもしれない。

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Posted by 早瀬晋三 at 2013年03月12日 10:00 | Category : 歴史




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