2013年3月15日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年03月05日

『記念碑に刻まれたドイツ−戦争・革命・統一』松本彰(東京大学出版会)

記念碑に刻まれたドイツ−戦争・革命・統一 →bookwebで購入

 東西ドイツの統一から丁度1年後の1991年10月3日に、ブランデンブルク門を見に行った著者松本彰は、「統一後にドイツ人の歴史意識がどのように変 化していくか確かめたいと思い」、「記念碑のハンドブック」「記念碑の通史」を手に入れ、「何かがつかめるのでは、という予感がして、記念碑巡りを始め た」。本書の特徴は、冒頭16頁のカラー写真に加え、本文中93頁にわたる図版が掲載されていることで、「記念碑索引」6頁、「図版データ一覧(撮影年 月・出典)」5頁が巻末に添えられている。

 「ドイツ統一」は、これが初めてではなかった。一般に知られる「一八六七、七一年のドイツ統一」に加えて、著者は「ヒトラーがオーストリアを併合した 「合邦」=「一九三八年のドイツ統一」にも注目し、「範囲も意味するものも大きく異なる「三回のドイツ統一」と、戦争、革命の関係を問題にしながらドイツ 史を再考」した。その成果が、本書である。

 本書は、「序章」と6章、「終章」からなる。著者は、つぎのようにまとめている。「本書は、記念碑の歴史を追いながらドイツ史を再検討すること、「記念 碑に刻まれたドイツ」について考えることをテーマとする。ホブズボームの時代区分を用いて、第一、二章でフランス革命から第一次世界大戦までの「長い一九 世紀」を、第三、四章で「短い二〇世紀」の前半、「現代の三〇年戦争」としての二つの世界大戦の時代を、第五章でその後の一九九〇年までを、第六章で一九 九〇年以降を扱う。終章ではドイツ・デンマーク国境を取り上げる」。

 本書を読み解く鍵のひとつに、「国民」がある。著者は、「あとがき」でつぎのように述べている。「確かに、ドイツでは国民の意味するものが、時代によっ て、立場によって大きく異なり、そこには大きな断絶がある。本書では国民が三重の意味で用いられたことを指摘しつつ、一九世紀はじめからナチズムまでの国 民記念碑への熱狂と、その後の「過去=ナチズムの克服」のための記念政策を追うことになった」。

 そのことをもっと具体的に、「序章」の「アイデンティティの重層・複合」で説明している。「ドイツ統一は、それぞれの個人にとっては、アイデンティティ の問題である。ドイツでは「国民」が三重の意味で用いられたことに象徴されるように、国家と民族の関係が複雑で、どこまでがドイツか、誰がドイツ人か、 様々な理解があり、人々のアイデンティティは重層的かつ複合的だった。平時ではアイデンティティは重層的、複合的、あるいは分裂的であっても差し支えない が、戦時にはそれは許されない。「ドイツは一つ」にならなければならない。人の命は一つであり、その一つの命を国家に捧げることが求められる。例えば、ド イツ系ユダヤ人の多くは、ドイツ語を話し、ドイツ文化を担い、ドイツ国民としてのアイデンティティを持っていた。一九世紀末以降、彼らへの差別が厳しくな るが、第一次世界大戦が勃発した時、かなりの数のユダヤ人が志願兵として戦場に向かった[一二一頁]。また、ドイツの国境は時代によって移動しており、住 民の国籍はそのたびごとに変更させられた[終章]」。

 「強力な国家のために、誇り高い市民=国民=「兵士としての男」が必要とされ、ジェンダー的、民族的、宗教的、階級的な弱者、マイノリティは差別され、 抑圧され、それに対する抵抗は社会運動を生み出した。ドイツでは統一のため、強いドイツのために戦争が繰り返され、行き着いた先がナチズムによる破局だっ た。ドイツ中に蔓延する「勇敢な兵士、強い男」「倒れた兵士を悼む、やさしい母と娘」というステレオタイプ化された戦争記念碑の表象は、「ゲルマン以来の 伝統」とされたが、明らかに「創られた伝統」だった」。

 このような「重層・複合」的な問題を抱えながら建てられた記念碑は、多面的な分析が必要であり、著者は「記念碑の政治学」「記念碑の美学」「記念碑の宗 教学」の3つの視角から考察を試みている。そして、「記念碑の歴史を具体的に考える上で、特に注意すべき五点」をあげている。「第一に、記念碑には事件の 後、かなり経ってから建てられるもの」がある。「第二に、記念碑のその後にも注目すべきである」。「第三に、建てた側の「意図」だけでなく、見る側の「受 容」も問題にしなければならない」。「第四に、記念碑の様式や意味の変化を追っていくことが重要になる」。「第五に、重要な記念碑は既存の記念碑、それも かなり遠方の記念碑や外国の記念碑なども意識して作られる。記念碑相互の関係について、長い歴史の中で総合的に検討する必要がある」。

 「ベルリンの壁」が崩壊し、記念碑をめぐって激しい論争が起こったことが、著者を記念碑巡りへとかきたてた。そして、記念碑論争が、ドイツ人の歴史への 関心を呼び起こした。日本も、近隣諸国との「歴史認識」問題を抱えている。「終章 ドイツ・デンマーク国境の記念碑」は、双方から歴史をみつめる必要性を 説いている。本書全体を通して、ヨーロッパ世界のなかで、とくに近隣諸国・民族との関係のなかで議論を進めている。それにたいして、日本人は東アジア地域 のなかで歴史を考える土壌が生まれ、育っているのだろうか。ドイツの歴史から学ぶことも多い。

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Posted by 早瀬晋三 at 2013年03月05日 10:00 | Category : 歴史




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