2013年3月1日金曜日

asahi shohyo 書評

今「プロレタリア」は「やとわれ組」 「共産党宣言」を現代語訳

[文]阿久沢悦子  [掲載]2013年02月16日

共産党宣言を現代語訳した北口裕康さん=大阪市中央区 拡大画像を見る
共産党宣言を現代語訳した北口裕康さん=大阪市中央区

表紙画像 著者:カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス、北口裕康  出版社:PARCO出版 価格:¥ 1,260

 閉塞感(へいそくかん)漂う時代の中で勇ましいことばが人々をひきつける中、いまや記憶のかなたの古典となったマルクス、エンゲルスの「共産党宣 言」を現代語訳した人がいる。大阪のグラフィックデザイン会社社長、北口裕康さん(48)。学者でも党員でも翻訳家でもない立場で「高校生にもわかるよう に」と言葉を探していくと、意外にも、今の時代がわかりやすく見えてきたという。
 翻訳を始めたのは、リーマン・ショックの余波が続いていた2009年秋。「資本主義の終焉(しゅうえん)」という言葉が飛び交っていた。だったら、新しい世界を作る手がかりの一つとして「共産党宣言」を訳してみたらどうだろう。初めて読む古典に手を伸ばした。
 意識したのは、当たり前に使われてきた小難しい単語に頼らず、いまを生きる自分が納得できるわかりやすい言葉を探すこと。
 「ブルジョア」は「金持ち組」とした。「プロレタリア」は「やとわれ組」。社員だけでなく、日雇いや派遣労働者を広く含む言葉にしたかったからだ。じゃあ「資本主義経済」は……「金がモノを言う世の中」だ! この言葉を見つけた時、「イケる」と確信したという。
  訳を進めるうち、165年前に書かれたものなのに、今に通じるなあと思えてきた。例えばこんな記述がある。〈「金持ち組」が世界規模で商売したため、それ ぞれの国にあったものづくりと消費の特徴は消えていき、無国籍なものになってしまいました〉。これってグローバリゼーションの予見だよな。
 閉塞感が満ちる世の中で弱者同士が争うわけも書かれていた。〈機械によって、仕事が誰にでもできるつまらないものとなり、どんどん賃金が下がっていくと、「やとわれ組」のなかでの利害関係もささいなものになります〉
 本来歓迎すべき「自由主義」がなぜ「やとわれ組」に厳しいのか。〈お金がモノをいう世界では「自由」とは、好きなように物の売り買いができるという意味。(中略)「金持ち組」のいう自由〉。なんだかとてもよく理解できる。
  一方、現実とのずれも見えた。アイデア一つで一獲千金のチャンスもあるコンピューターの世界では「資本がないと生産できない」前提が崩れた。何より、共産 主義を掲げたソ連は崩壊し、中国は市場開放を受け入れた。宣言の通り「やとわれ組」の国家を作ればうまくいくわけではなかった。
 そして、翻訳作 業の最中に東日本大震災が起きる。以後急速に「貢献」「信頼」といった軸で世の中を考える新しい動きが広がっていった。「そうか」。ストンと心に落ちた。 「資本主義も共産主義も、資本や財のありようをめぐる議論なんだ」。震災後を生きる自分たちには、また新しい議論が必要なのだと思う。
 そんな今だからこそ、当時20代の若者だった2人が世の中を変える方法を必死に探った共産党宣言を若い人に読んでほしいと願う。誰かが閉塞感を変えてくれると思っていないか。自分の頭で世の中を変える方法を考えてみないか。
 「高校生でも読める『共産党宣言』」は税込み1260円。問い合わせはPARCO出版(03・3477・5755)へ。

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著者:カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス、北口裕康/ 出版社:PARCO出版/ 価格:¥1,260/ 発売時期: 2012年08月

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