[文]星野学 [掲載]2013年03月19日
少子高齢化で先進国はどこ も、社会のかじ取りに頭を痛める。そんな中、「国家成立前の伝統的社会に学ぼう」と大胆に提言するのが、学際的な文明論で知られる米国の研究者ジャレド・ ダイアモンドだ。2月に邦訳が出た新著『昨日までの世界』(日本経済新聞出版社)では、子育てや高齢者対策など身近な問題について、現代に生かせる伝統的 社会の知恵を探る。
文明化が進歩の結果ならば、伝統的社会の習慣を採り入れることに、どんな意味があるのだろう。
ダイアモンドは言う。「テクノロジーは確かに進歩したが、現代文明のすべての面が昔より優れているわけではない。今と昔に共通する問題を考えるならば、伝統的社会から学べることは多いはずだ」
糸口に、九つの分野を示した。たとえば高齢者対策については、労働礼賛や自助を尊ぶアメリカ的価値観が高齢者を社会の隅に追いやっていると批判。高齢者を 生き字引として大切に遇する伝統的社会を挙げつつ、「一律な定年退職でも若者と同じ仕事でもない、人間関係の構築や統合的研究など、高齢者の得意分野で力 を生かしてもらうべきだ」ととなえる。
紛争解決もしかり。現代の司法は争点が解決しても感情的対立を解消するには至っていないと指摘。人間関係の回復を目指す伝統的社会の仲裁をひきながら、被害者と加害者が直接話し合う修復的司法の充実を提案する。
とはいえ、伝統的社会の理想化はしない。赤ん坊殺しや医療の不在など、「なくなってよかった」習慣や状況もあるからだ。ただ、600万年の人類史を見渡せ ば、農耕社会への移行は1万1千年前、国家の誕生は5400年前に過ぎない。「我々の祖先が伝統的社会に生きていたのは、つい昨日までといっていいほ ど」。書名にもうかがえるそんな発想は、ニューギニアで半世紀近く鳥類観察を続けながら、伝統的社会に生きる人々と接してきた体験にもとづいている。
白人が世界を席巻した理由を探るベストセラー『銃・病原菌・鉄』では、定住農業や資源入手に有利な環境にいたからだとして、人種的な優位性を退けた。続く『文明崩壊』ではマヤ文明や江戸時代の日本を検証しつつ、何が文明の興亡を分けたかを掘り下げた。
「コロンブスの卵」ともいえる個性的な着眼点は、『昨日までの世界』でも健在だ。ただ、切り口はユニークでも、うたわれた提言の中身に格別の真新しさは感じない。
「そんなことはわかっている、と言われるかもしれない。でも、わかっていても実行できないのが現実なのです」
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Jared Diamond 1937年、米国ボストン生まれ。ハーバード大で生物学、ケンブリッジ大で生理学を修めた後、研究領域を進化生物学、鳥類 学、人類生態学にも広げる。著書『銃・病原菌・鉄』はピュリツァー賞受賞。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)地理学部教授。
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