浅田彰「構造と力」 マルクスをポップ化
[掲載]2013年03月26日
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難解なはずの現代思想家の理論を明快に整理した『構造と力』が、1983年に出版された。ベストセラーとなり、既存の学問領域にとらわれない ニューアカデミズムの「聖典」の一つに。簡単に読める本ではないはずなのに、本が醸し出す軽やかな雰囲気に多くの人がひかれた。実は、著者の浅田彰がヒン トにした本がある。
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僕が26歳の時の本です。当時は現代思想といってもすべてがごた混ぜだったので、それさえ頭に入れておけば知の世界を自由に渉猟できるような明快な地図が描きたかったんですね。
そのためには哲学的な正確さを多少は犠牲にしてもいい。そもそも僕は哲学に興味がなかったんです。マルクスの言ったように、哲学は世界をさまざまに解釈し てきた。観念論か唯物論か、解釈はどうにでも変更できる。しかし大切なのは世界を変革することなのだ、と。そのためには、現実に対するクリティーク(批 評・批判)や、別の現実を構想するビジョン——それらを総合した「思想」が必要です。
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しかし、とくに1972年の連合赤軍 事件の後、日本ではマルクス主義思想が急激に退潮します。代わって、「どうせ資本主義しかない」というシニシズムのもと、問題が生じたらそのつどパッチを 当てるという「部分的社会工学」が支配的になる。それを補完するのが、ソ連流のドグマティックなマルクス主義を批判し、日本の大衆社会に立脚しようとす る、吉本隆明流の思想でした。マルクス主義が退潮してしまえば、それは大衆の自足と自閉を肯定するだけになってしまいます。
そういう流れに抵抗 するため、ヒントにしたのは、哲学者ジル・ドゥルーズが精神療法家フェリックス・ガタリと書いた『アンチ・オイディプス』(72年)でした。ユートピアは もはや不可能だと言われる時代に、マルクスをニーチェやフロイトと結びつけながら、資本主義のダイナミズムを半ば肯定しつつ、さらにそれを超えたユートピ アを大胆に描いてみせる。それをモデルとして、いわばマルクスの思想をポップ化しようと思ったんですね。だから、一般向けの本として書いたのではないけれ ど、ベストセラーになっても驚くことはありませんでした。
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現在、「難解」な理論や思想はもはや求められていないように見え る。しかし、本当にそうか。グローバル資本主義が成立した結果、反資本主義の運動も世界中で激化している。もはや部分的社会工学ではカバーできない矛盾が 噴出しているわけです。日本でも東日本大震災を契機に反原発運動が広がっている。そこで大江健三郎さんや柄谷行人さんが語る原理的な言葉が多くの人々をと らえているのは、注目すべきことです。利口ぶったプラグマティストは「あんなナイーブなことを言って」とシニカルに構えるけれど、それは間違っている。原 点に返って現実を批判し、別の現実を構想することが、求められているのです。
そのためにも、この本をバージョンアップしたような新しい地図が必 要になっているのかもしれない。とくに、東アジア諸国には、さまざまな伝統がある一方、日本が100年以上かけて受容してきた近代思想や現代思想が10年 くらいで一挙に押し寄せている。議論を整理するためにも何らかの地図が必要でしょう。さもなければ、マイケル・サンデルの「ハーバード白熱教室」のような 米国の有名大学の「知」がすべてをのみ込んでしまう。それこそ悪(あ)しきグローバル化じゃないでしょうか。(聞き手・高久潤)
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あさだ・あきら 1957年生まれ。批評家。京都造形芸術大大学院長。著書に『逃走論』『映画の世紀末』など。出版から30年の『構造と力』は増刷を重ね、現在53刷。
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