2013年3月15日金曜日

asahi shohyo 書評

わらべうた [著]谷川俊太郎

[評者]市川真人(雑誌「早稲田文学」プランナー・批評家・早稲田大学兼任講師)

[掲載] 2013年03月08日

表紙画像 著者:谷川俊太郎  出版社:集英社 価格:¥ 599

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■電子書籍が作る「詩の時代」
 「谷川俊太郎」という名前には、文学にさほど関心がないひとでも、多くが見覚えを感じるはずだ。
 「かっぱかっぱらった」や「いるかいないか」など冒頭のフレーズだけで「ああ、あれ!」と思い浮かぶ、幼少期に読んだ『ことばあそびうた』。
 「万有引力とは/引き合う孤独の力である」の印象深い一節を教科書で覚えた『二十億光年の孤独』。
 「どんなに好きなものも/手に入ると/手に入ったというそのことで/ほんの少しうんざりするな」のように、どの世代にもなお残る若さと青臭さを感じさせる『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(引用は同書「My Favorite Things」冒頭から)。
  さらには、『スイミー』『マザー・グース』『スヌーピー』など多数の海外絵本の翻訳者として、また『鉄腕アトム』『ハウルの動く城』の主題歌をはじめ知ら れたの歌の作詞者として……直近の半世紀にこの国で暮らしてきたひとで、彼の言葉に触れていない者がどれだけいるだろうと思うほど、谷川俊太郎の活動は多 岐にわたっている。
 だが/だから、この連載の選書に使っているブックアサヒコムの検索機能で、谷川俊太郎の電子書籍を抽出しても、2冊しか出て こないことに驚いた。しかも1冊は、別役実とともに現代語化した『21世紀版・少年少女古典文学館15 能・狂言』だから、谷川俊太郎自身の詩集は1冊し か出てこなかったことになる。なんてことだ。
    *
 「電子書籍」という言葉の概念は、時代とともに(それも、ドッグ・イヤーと呼ばれる変化の速いITの時間感覚に近いそれで)変化している。
 1990年代にいくつかの電子書籍リーダーが出たころは、机上に据えられてネットワーク化もされていない「置物」的なコンピューターに対し、持ち歩けて出先で読める電子の本、というイメージが強かったはずだ。
  携帯電話と電子ネットワークの普及とともに、「持ち歩けて出先で読める」ことは電子の「本」に限らずそうしたネットワークそのものの特性となり、他方で パーソナル・コンピューターのみならずスマートフォンやタブレットなど汎用デバイスの普及は、「本」の概念を隣接する領域に拡張しつつある。
 い わば、なにが「電子書籍」でなにが「電子書籍」でないのか、なにが向いていてなにが向いていないのか、そのこと自体が変化してきたのが「電子書籍」の歴史 だと言っていい(むろんその先には、「本」とはなにか、「本」によって支えられてきた文化とはなにかという問いが待ち構えている)。
 だから、 (すでにみなさんも感じているだろうけれど)わざわざ電子の本で読むことも利点と欠点はなんなのか、両者はどう更新されてゆくのか、さらにはどこまで(永 遠に?)紙の本は生き残るのか——などの問いはたんに商業的な問題でもなければ、趣味判断の問題でもない。それは、20世紀末から21世紀初頭を生きる私 たちにとっては、社会と文化、さらに「生」をめぐる変化の写し絵でもある。
 
 だが、そうまで大風呂敷を広げなくとも、とりあえず事実が先行してはっきりしてきたことがある。そのひとつが、ことの是非はさておき「短い言葉」の居場所が大きくなりつつあることだ。
  電子表示のテキストは、文章をその長さにかかわらず収納しやすくなる反面、長いテキストを読むにはあまり向いていない。正確には「向き方が違って」いて、 検索が前提となる読み方は、否応なくテキストを細切れにするのだし、本以外のあらゆる情報のピックアップ方法との相性も、そのことを助長しつつある。デバ イスの発達しない初期の電子書籍のなかで、電子辞書ばかりが実用的だったのは、ゆえのないことではない。
 長かったり複雑だったりする思考や言葉 をどう保持してゆくかは別の話として(そこがおそらく紙の本が拠って立つところでもあり、文化の大事な層であるのはもちろんだ)、電子をベースに言葉が記 述されてゆくなかで、短い言葉はたぶん、これまで以上に生息の場を広げてゆくはずだ。デジタルの機能を生かした読み上げ、すなわち音声化ひとつとっても、 短い言葉のほうがその効用は伝わりやすい。いわば、「詩の時代」とでも呼ぶべきものの足音が聞こえてくるのだ。
     *
 そんななか、谷川俊太郎『わらべうた』に収められている、「ふつうのおとこ」は、こんな詩だ。

 ふつうのおとこが いたってさ
 ふつうのめはなに ふつうのてあし
 ふつうのずぼんに ふつうのうわぎ
 
 ふつうのあめふる ふつうのばんに
 ふつうのやきもち ふつうにやいて
 ふつうのなみだを ふつうにこぼし
 
 ふつうのおとこは ふつうのひもを
 ふつうのおんなの ふつうのくびに
 ふつうにまきつけ ふつうにしめた
 
  この詩では、それぞれなんの変哲もないはずの、日常にありふれたいくつもの「ふつう」が、その言葉の存在じたいもふつうに感じられる回数だけ反復される。 だが、その反復はいつしか、「ふつうではない」はずの絞殺に結びついてゆく——「ふつうのおとこ」のあまりに鮮やかな反転は、そうした出来事自体がじつは 「ふつう」なのではないか、自分たちの「ふつう」の日常の先にも自分の恋人を殺める未来が「ふつう」に待ち構えているのではないか、と私たちに考えさせず にはいない。かつて坂口安吾が『桜の森の満開の下』で描いた、ふつうでない男がふつうでない女を殺めるまでの物語と、まるで違うがどこか通じるとつぜんの 反転が、そこにはある。
    *
 電子書籍だからといって、小説や思想書が、そのまま日常の隙間に入ってくるわけではないし、実用書や コミックにしてもそれなりの余地や余暇を必要とする。だが、詩は、ほんとうに日常の隙間に、電車のひと駅や、ふっと目を落としたSNSのタイムラインに、 「ふつうに」入ってくることができる。もちろん、第一詩集の刊行から60余年、81歳を迎えてなお日々詩を産む谷川俊太郎の声で聞くこともできる——これ まで129冊(※1)を数える彼の詩集が、まだほとんど電子化されていないなんて(※2)、そんな寂しいことはない。
    ◇
※1 新装版や増補版などを含む。谷川俊太郎公認・非公式ホームページより。
※ 2 ブックアサヒコムの「電子書籍」検索にひっかかってこないものとして、iPhoneアプリ『谷川』(企画・制作/株式会社ナナロク社、株式会社リアル コーヒーエンタテインメント、面白法人カヤック)や『obla(03)t poegram』(グッドアイデア株式会社)のほか、Kindle版『地球へのピクニック』な ど数点がある。『谷川』は、画面上の川に、谷川俊太郎の詩の断片が流れてきて、釣り上げると全文が読める、というアプリだ(ぼくも審査員を務めていた「電 子書籍アワード2012」の文芸部門で第一位になった)。『obla()t』のシリーズにはほかに、プレパラートに刻まれた詩を顕微鏡で読む 『obla(01)t poemicro』や、詩が流れる電光掲示板『obla(02)t poetree』、鉛筆に詩の刻まれた『obla(05)t  poepencil』などがあって、とてもおもしろい。

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