2010年07月28日
『パリでメシを食う。』川内有緒(幻冬社文庫)
「真のパリを知るための一冊!」
日本に一時帰国して、出会う人達にパリに長年住んでいると話すと、「素敵ですね。」とか「うらやましい〜」等と良く言われる。自分が好きで住んで いる町だし、確かに美しい所なので、そう言われるのは嬉しいのだが、果たして彼らはパリをどのように想像しているのだろうと考えることがある。芸術の都、 ファッションの街、ワイン、食文化等等パリの代名詞は多い。しかし、どれもがパリの一面を捉えているに過ぎない気がする。では、パリとはどんな街なのだろ う。
川内有緒の『パリでメシを食う。』はレストラン紹介ではない。パリで働いて自分で「メシを食って」いる日本人の人生の軌跡だ。三ツ星レストランの 料理人、アーティスト、カメラマン、スタイリスト等と並べると、サクセスストーリーの本かと思うかもしれない。だが、決してそうではなく、むしろ一人の人 間が自己を探してあがいている「自然な」姿が描かれている。
私のオフィスから歩いて十歩の所にある三ツ星レストラン、アストランスで働いていた女性は、30歳を目前にして突然パリに発つ。料理学校や研修で 苦労を重ねながらも料理の世界に魅せられ、とうとうアストランスのシェフに働かせて欲しいとアポ無しで頼み込む。そして、一年間充実した体験をする。
美大も出ていない「エツツ」はフランスで絵を描いて生活していこうと突然決める。パリでアパルトマンを不法占拠しているアーティスト集団の中に 「自然と」入り込んでしまう。そして、絵を描き始め、それで「メシを食う」事ができるようになってしまった。彼女は言う「夢は夢だから叶わないって決め ちゃう人っているでしょう。自分で見切りをつけてる。でもつけなければ、絶対叶うのにねえ」
大学の先生の一言でカメラマンになったシュン、病気を機にパリで漫画喫茶を開いた野村、一着数十万円から数百万円もする服を作るオートクチュール で働く周子、偶然のアルバイトからスタイリストになった「メガネ」等、一見異色な人達が次から次へと登場する。いかにもパリらしいと思うかもしれない。し かし、そこに流れる「パリらしい」という雰囲気の正体は何だろうか。
実らぬ恋を何度もしながら、国連の正規職員となった「山口」を見て、筆者は思う。「この人は別にスーパーウーマンでもなく、ごく普通の人だという ことだ。」確かにそうだろう。だが、普通の人達をまるで普通ではない存在に変えてしまうものは何だろう。それこそが「パリ」の正体ではないだろうか。鍵は 周子の語る「私にとってパリの魅力は自分が自然でいられる人間関係です」という言葉だ。
彼らは自分を探しにパリに来る。そして、パリはそれを自然に受け入れる。無理をしないでいいんだよ、ありのままでいいんだよ、とささやきかける。 何かに夢中になれば、何のしがらみもなしにそれを認めてくれる。その努力と成果も含めて。パリを作り上げているのはフランス人だけではない。多くの国の 人々が「パリ」という世界を構成している。そこに流れる心地よい風を、この一冊は見事に切り取っているようだ。
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