2010年7月25日日曜日

asahi culture education history literature folklore Tono story tonomonogatari symposium

神や妖怪、死者との共存語り合う 遠野物語100年シンポジウム

2010年7月23日

【動画】水木しげるさんからのメッセージ

写真:水木しげる(みずき・しげる)さん 1922年生まれ。漫画家、妖怪研究家。代表作に「ゲゲゲの鬼太郎」「河童の三平」「悪魔くん」など。拡大水木しげる(みずき・しげる)さん 1922年生まれ。漫画家、妖怪研究家。代表作に「ゲゲゲの鬼太郎」「河童の三平」「悪魔くん」など。

写真:赤塚真人(あかつか・まこと)さん 1951年生まれ。俳優、劇団裏長屋マンションズ座長。最新主演作は映画「弁護士 布施辰治」。拡大赤塚真人(あかつか・まこと)さん 1951年生まれ。俳優、劇団裏長屋マンションズ座長。最新主演作は映画「弁護士 布施辰治」。

写真:谷川健一(たにがわ・けんいち)さん 1921年生まれ。民俗学者、日本地名研究所長。雑誌「太陽」初代編集長。著書に「日本の地名」「日本の神々」「柳田国男の民俗学」など。拡大谷川健一(たにがわ・けんいち)さん 1921年生まれ。民俗学者、日本地名研究所長。雑誌「太陽」初代編集長。著書に「日本の地名」「日本の神々」「柳田国男の民俗学」など。

写真:藤井隆至(ふじい・たかし)さん 1949年生まれ。新潟大教授。日本経済思想史研究会代表幹事。著書に「柳田国男—『産業組合』と『遠野物語』のあいだ」「『遠野物語』を読もう」など。拡大藤井隆至(ふじい・たかし)さん 1949年生まれ。新潟大教授。日本経済思想史研究会代表幹事。著書に「柳田国男—『産業組合』と『遠野物語』のあいだ」「『遠野物語』を読もう」など。

  柳田国男の「遠野物語」の発刊から100年になるのを記念した「遠野物語にみる東北再発見シンポジウム」が15日、東京・築地の浜離宮朝日ホールで開かれ た。日本民俗学の歴史的名著の現代的意味をめぐり、民俗学や経済学など多角的な議論が交わされた。(主催・朝日新聞社、後援・岩手県遠野市、協賛・JR東 日本、協力・東北電力)

 シンポジウムの冒頭、遠野物語を漫画化した「水木しげるの遠野物語」の作者で漫画家の水木しげるさんがビデオで登場。遠野物語 について「昔のわれわれの子どもの時の感じがそのまま残っていて面白い」と魅力を語った。続いて水木さんの漫画が背景に映され、俳優の赤塚真人さんが山女 やオシラサマなど遠野物語の代表的な話を朗読した。

  ◇

■遠野物語とは

 農政官僚で、のちに朝日新聞論説委員も務めた民俗学者の柳田国男が、岩手県遠野郷に伝わる話を遠野出身の青年佐々木喜善(きぜ ん)から聞き書きし、1910(明治43)年6月14日に自費出版した。35年に増補版が出され、詩人の吉本隆明氏が68年出版の「共同幻想論」で言及し たことで、関心が高まった。ザシキワラシやカッパ、オシラサマ、山の神、雪女などが登場する不思議な話119編からなり「日本民俗学の原点」とされる。

  ◇

基調講演(1) 民俗学者・谷川健一さん 「共存」失った日本社会

 民俗学は神と人間と動物のコミュニケーション、交渉の学。遠野物語はこの定義そのままに展開している。

 第1は、神や妖怪との交渉、交流。遠野には(馬を愛した娘が昇天し養蚕の神となった)オシラサマとかオクナイサマとかいろいろ神様がいる。みな人間臭く、全知全能の神や国家神道の神と違う。

 第2は、死者との交流、交渉。60歳ごろになると老人たちは蓮台野(れんだいの)という死者の世界に追いやられる。ダンノハナという村の共同墓地も人家にすぐ近い。死者の世界と生者の世界が非常に近い。

 第3は、山に住む人々との交渉。「山人」は先住民で、後から来て稲作を営む人々は「平地人」といった。

 第4は、動物との交渉。遠野には、クマ、オオカミ、キツネ、ウサギなど野の生き物がいて、一番顕著な畏怖(いふ)の対象はオオカミだった。

 神、妖怪、死者、山人、けものに囲まれて遠野の人々は生活していた。

 それから100年の歳月は、日本の社会に大きな変化をもたらした。とくに高度経済成長によって、経済生活は豊かになり、技術は進歩したが、農村も山村も漁村も崩壊し、共同的な社会がなくなり、神への尊敬、妖怪や死者に対する親近感、動物との共存などもなくなった。

 21世紀は20世紀より幸せなのか。人間の生の充実感や幸福感はあるのか。そう思うとき、柳田国男の遠野物語がよみがえる。

基調講演(2) 新潟大教授・藤井隆至さん 協同組合 原点の精神

 遠野物語は柳田の農業政策論の一つの論点を充実させたものだ。協同組合が本来の機能を発揮するために必要な「協同の精神」の原点を、遠野に求めたということだ。

 柳田は農商務省で農業政策を担当した。後に法制局に転じ、遠野物語を発行する。当時の農民の生活水準は低く、政府は産業組合をつくるように農民に働きかけていた。

 しかし、政府が働きかける相手は村の上層農民で、組合による助け合いを最も必要とする下層農民が組合に入らず、村人が互いに協力し合っていないことに、柳田は強い危機感を持っていた。

 柳田は同じ時期の論文で、江戸時代の農村で自然発生的に協同組合がつくられたと指摘している。かつて存在した協同組合の精神を回復させれば、制度本来の協同組合がつくれると考えたのではないか。遠野物語は、江戸時代の助け合う農民の考え方を表現した著作といえる。

 今日、成熟社会に入り、ボランティア活動に従事する機会が増えている。今までまったくつき合いのなかった人たちとも力と心を合わせて仕事をすることが問われている。

 遠い遠い野から聞こえる遠野物語の声は、江戸時代の生き方を表す懐かしい声だが、同時に私たちのこれからの生き方を示唆する声でもある。

表紙画像

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

著者:柳田 国男

出版社:岩波書店   価格:¥ 840

表紙画像

共同幻想論 (角川文庫ソフィア)

著者:吉本 隆明

出版社:角川書店   価格:¥ 620

この商品を購入する以下は別ウインドウで開きますヘルプ







写真:王敏(ワン・ミン)さん 1954年、中国河北省生まれ。法政大教授。国際日本学を研究。著書に「宮沢賢治、中国に翔る思い」「日本と中国—相互誤解の構造」「美しい日本の心」など。拡大王敏(ワン・ミン)さん 1954年、中国河北省生まれ。法政大教授。国際日本学を研究。著書に「宮沢賢治、中国に翔る思い」「日本と中国—相互誤解の構造」「美しい日本の心」など。

写真:高成田享(たかなりた・とおる) 1948年生まれ。朝日新聞アメリカ総局長、論説委員を経て石巻支局長。近著に「こちら石巻さかな記者奮闘記」。拡大高成田享(たかなりた・とおる) 1948年生まれ。朝日新聞アメリカ総局長、論説委員を経て石巻支局長。近著に「こちら石巻さかな記者奮闘記」。

写真:木瀬公二(きせ・こうじ) 1948年生まれ。朝日新聞企画報道室などを経て盛岡総局員。遠野市に移住し、朝日新聞岩手版に「119のはなし 遠野物語百年」を連載中。拡大木瀬公二(きせ・こうじ) 1948年生まれ。朝日新聞企画報道室などを経て盛岡総局員。遠野市に移住し、朝日新聞岩手版に「119のはなし 遠野物語百年」を連載中。

写真:パネリストの話を聞く参加者たち。参加者募集に1900通の応募があり、400席近い会場は満席だった=15日、東京・築地の浜離宮朝日ホール、麻生健撮影拡大パネリストの話を聞く参加者たち。参加者募集に1900通の応募があり、400席近い会場は満席だった=15日、東京・築地の浜離宮朝日ホール、麻生健撮影

パネルディスカッション(1) 「心と力合わせ助け合う社会」「失ったもの見える物語」

高成田享(司会) 谷川先生から、『遠野物語』にあった人と神、動物との交流が、今なくなっているとのお話を伺いました。藤井先生の講演では、柳田国男における「協同」の精神の重要さを知りました。パネル討論では宮沢賢治を研究している王敏さんに加わってもらいます。

王敏 宮沢賢治をテーマに卒論を書き、遠野物語との関係が浮かびました。(遠野物語のもととなる話を柳田国男に語って聞かせた)佐々木喜善に、賢治は何度も会っていますし、遠野も訪れています。「風の又三郎」などの作品にも遠野が反映されています。

 遠野物語との関係を二つのキーワードでみるなら、一つは山男。もう一つは馬。オシラサマと宮沢賢治の関係にひかれ、30年前に遠野を訪問しました。そのとき私はカッパと密約をしましたが、その内容は後ほど告白します。

高成田 木瀬記者は朝日新聞岩手版で遠野物語について連載しています。遠野とはどんなところでしょうか。

木瀬公二 ザシキワラシとかカッパとか山の神が住んでいます。観光客も民宿のノートに「ザシキワラシに会った」とたくさん書き込んでいます。夜中に目をさましたら小さな女の子が顔をのぞいていたとか、親指をしゃぶられたとか、揺さぶられて起こされたとか。

 「ザシキワラシはいるのですか」と聞かれると、首をかしげざるを得ませんが、会うことはできると思います。会う能力はみんな 持っているのですが、科学や文明の発達で最下層に押し込まれている。それが何かの拍子に表層近くまで上がったとき、会える。山の中で自然の怖さを知る人た ちは、いつも表層近くにDNAが漂っていると思うのです。

高成田 「遠野に癒やしを求めに行く」という言い方についてどう思いますか。

藤井隆至 私は遠野に「癒やし」はないと考えます。柳田国男は遠野で獅子踊りを見て「旅愁を いかんともする能(あた)わざりき(旅の愁いをどうすることもできなかった)」と書いた。村人は心を一つにして踊っていたが、自分はそこに入れない旅行者 との認識でした。柳田国男のような人ですら、遠野の人たちの中には入れない。大きな距離があることは認めなければいけない。そうであっても、遠野物語の世 界は実際にあった。心と力を合わせ、助け合いながら生きていく世界。そういうものが私たちに必要だと感じるために、遠野に行かなければならない。

高成田 遠野物語を読むと、農村や漁村、山村の崩壊で失ったものが見えるということですが、村をどう再構築したらいいと考えますか。

谷川健一 遠野物語に出てくる早池峰(はやちね)とか六角牛、物見山、鍋倉山といった地名は 残っています。(奈良の)明日香に万葉時代の痕跡がなくても地名はあります。土地と結びついた地名を大事にすべきです。日本は新しいものが善で古いものが 悪という価値観があるが、地名改変こそが悪です。

 地域おこしで、よそから入った人が地域再生に熱心に取り組むことが多い。外から来た人はいいものを発見し、付け加えることができます。

高成田 木瀬記者は東京出身で朝日新聞盛岡支局長を務めた後、遠野に住んでいます。町おこしについては。

木瀬 遠野では普請(工事)があれば、近所の人が木を切って並べてくれる。重いものが持てないとき、田舎なら近所の人がやってくれるが、都会だと業者を呼ばなければならない。「お金で何とかする」ところから脱却しないと、本当の地域おこしはできない気がします。

高成田 私も石巻に住んでいますが、お金以外で動く物々交換はいいですね。地域おこしには、住民が心を一つにするのが欠かせません。

藤井 柳田は日本人の協同の精神がどうなっているかを調べてきました。地域おこしの運動をしながら遠野物語を読むとわかりやすいのではないでしょうか。

パネルディスカッション(2) 「自分見つめ読み解く」「日本民族の深層心理」

高成田 遠野物語には地域の個別性が見られますが、普遍的なものも読み取れます。

 神奈川県開成町には中国皇帝で治水の神様とたたえられた禹王(うおう)がまつられています。日本各地に洪水対策として禹王の記念碑があると分かり、市民グループが「禹王サミット」を開きました。

高成田 国際的な視点についても。

 私とカッパとの密約は、一緒に中国を旅行することでした。中国の「捜神記」にオシラサマとよく似た馬と娘の恋物語があります。オシラサマのような蚕の神をまつった寺もあります。

谷川 私の郷里・熊本では、カッパは中国の長江から来て熊本の球磨川に住み着いたが、少年を水死させ、(熊本を治めた)加藤清正に追放され福岡の筑後川に行ったことになっている。それが水天宮。東京にも水天宮がありますね。

木瀬 遠野のカッパの顔が赤いのは間引きされたわらしのことだから、と伝えられています。飢餓の中で川に赤ちゃんを流したという昔話もある。子どもの水難をカッパのせいにしたり、水の神様としてまつったり。カッパは自分たちが暮らしやすいように使われている妖怪です。

高成田 遠野の神はキリスト教など一神教の神とも国家神道の神とも違います。

藤井 柳田が言いたかったことの一つが、お互いが結びつく原点としての日本の宗教のあるべき姿です。遠野物語の神々は、当時の政府や内務省が推進した国家神道で「迷信」とされた神々でした。柳田は「国家神道では日本国民がまとまらない」という気持ちが強かったと思います。

高成田 この次の100年も遠野物語は読み継がれていくでしょうか。

木瀬 遠野物語は、科学で解明できないことがたくさんあると考えて読み始めないと、なかなか 難しい。手っ取り早いのは、闇の中に2、3日身を置くことです。真っ暗な中で一生懸命自分を見つめ直すと、さまざまなことが読み解ける。遠野市立博物館に は闇を経験する「山の音コーナー」があり、その一端を味わえます。

藤井 遠野物語に書かれているのは人の生き方、人と人とはどう結びつくかということだと考えます。

谷川 日本人は来世の縁を信じている。遠野物語の世界も、日本民族の深層心理として集合的無意識が残るでしょう。

 昼は人がつくり、夜は神がつくる。黄昏(たそがれ)は、妖怪が跳梁(ちょうりょう)する世界です。都会は不夜城といって闇を放逐することが文明であるかのようにいうが、決してそうではありません。

  ◇

■岩手県遠野市の催しもの・交通ガイド

 岩手県遠野市はJR東北新幹線新花巻駅で釜石線に乗り換え、遠野駅まで約1時間。

 4月に改装された遠野市立博物館は、遠野物語が誕生した背景から評価までの全体像を伝える。テングが置いていったというゲタや 湯飲み、ザシキワラシが出て行き没落した家に残された神像などがある。水木しげるさんが描いた「河童淵(かっぱぶち)」と「オシラサマ」のアニメも上映さ れる。作家の三島由紀夫が遠野物語を激賞した原稿などの特別展示は8月30日まで。9月からは「水木しげるの遠野物語」原画展がある。大人310円、高校 生210円、小中生150円。

 近くには柳田が遠野で泊まった柳翁宿や柳田の隠居所を移築した「とおの昔話村」、昔語りをする遠野物産館もある。カッパ淵に近 い伝承園や遠野ふるさと村は往時の建物が並ぶ観光施設。観光バス「遠野物語めぐり号」の車体に、水木しげるさんが遠野物語を題材にした漫画の場面が描かれ ている。ガイドツアーは入場料込みで1日コース5000円、半日コース4500円。

 9月18、19日に遠野郷の神々が集まる「日本のふるさと遠野まつり」がある。獅子踊りや神楽、南部ばやしなど郷土芸能約60団体が演奏する。

 遠野市は遠野物語をテーマに観光キャンペーン中。問い合わせは遠野市遠野物語100周年プロジェクト推進室(0198・62・2340)へ。

表紙画像

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

著者:柳田 国男

出版社:岩波書店   価格:¥ 840

表紙画像

童話集 風の又三郎 他十八篇 (岩波文庫)

著者:宮沢 賢治

出版社:岩波書店   価格:¥ 588

表紙画像

捜神記 (東洋文庫 (10))

著者:干 宝

出版社:平凡社   価格:¥ 2,940


0 件のコメント: