2010年7月13日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2010年07月12日

『トマス・ペイン—国際派革命知識人の生涯』フィルプ,マーク(未来社)

トマス・ペイン—国際派革命知識人の生涯 →bookwebで購入

「アジテーター、ペイン」

 トマス・ペインはアジテーターとしては一流の人物だが、政治思想はあまり高く評価されていない。日本だけでなく、アメリカ本国でもそうらしい。本書は、 ペインの疾風怒濤のような生涯についてはそれほど詳しくないものの、彼の政治思想をどう評価できるかについて、鋭い視点を示している。

 ペインは国家というものは必要悪にすぎず、市民は自由で平等な社会を望むものだという共和主義的な見解を強く抱いていた。個人はみずからの善を望むだけ でなく、公共善も望むというのが、彼の理論の背景にある確信である。人々が社会の善を望むようになるためには、理性を働かせるだけでよいと考えるのだ。だ からふつうの共和主義者であれば警戒するはずの商業についても、富や財産についても、共和主義と対立するものだとは考えない。

 ペインは「商業は文明化および社会化を進める主要な力である」(p.80)と考える。みずからの欲望を満たすことができるだけでなく、みずからの 労働で他者の欲望を満たすために貢献することができると考えるからであり、「各人の善行はこのシステム全体を維持することによって、もっともよく助長され るということを理解することができる」(p.81)はずだと考えるからである。

 アメリカは独立して商業国となることで、自らの徳を高めることができるだけでなく、世界に貢献することができるだろう。「武装した共和国は勤勉と 商業が支配する能力主義的な市民文化によって」(p.82)成功し、世界に寄与することができるはずなのである。

 この半ば素朴な理性信仰は、フランス革命についてのバークの批判に反論するためにも役立てられる。バークはこれまでは世論によって、イギリスの統 治方式が是認されてきたことを指摘するが、ペインもまたこの世論の力に訴えかけようとする。「信仰のための唯一有効な基準である理性と証拠に訴え る」(p.107)のである。そのためにはバーくを上回る特別な文体が必要とされる。

 『人間の権利』は、読者に訴えかけるために、特別な工夫をしている。「改革やフランスの大義を支持していた職人層や中産層の心をかきたてるように 書かれている」(p.107)のである。著者は、ペインの政治思想がこれまで高く評価されなかったことには、この文体に責任があると考えている。学者好み の文体ではなく、アジテーターの文体だからだ。

 しかしペインのパンフレットは大成功を収める。読者の心を捉えたのであり、それは実際の力を生み出すからだ。この文体は「バークにたいするペイン の戦略の中心部分になっている」(p.107-8)のである。そして著者は、この文体が「読者たちを共和国市民として政治の議論に参加でき、理性の法廷に おいて不正を裁く権利を有する市民として遇する」(p.110)ものであり、それが新たな読者を作りだしたと考える。

 ペインは時代の一歩だけ先を進んでいた。誰もが言いたいが言えないでいることを語るという優れた才能をそなえていた。先見の明があるというより も、言葉にならない思考、時代の雰囲気の中で姿を取りかけていた思想を具体的なものとして示すという力があった。その文体がそれを可能にしたのであり、ペ インは図らずも、一般の市民たちに語りかける言葉をもっていたということだろう。わかりやすい言葉で語るというのは、たやすそうでありながら、なかなか難 しいものなのだ。

 ペインの理神論を表現した『理性の時代』についても同じことが指摘される。ペインはこの書物の第一部を聖書が手元にない状況で書き下ろしている。 だからいい加減な表現が多くて、批判されがちだ。しかしペインはすべての読者が知っていて、しかもよく考えつめていない事柄だけを取り出して、聖書の矛盾 を指摘してみせる。そして是非を決定するのを読者の理性に任せるのだ。ペインは「読者を、個人の私的判断こそが、政治問題と同様に神学問題においても訴え ることのできるただ一つの法廷であるということを理解できる、合理的かつ思慮深い人間としてとりあつかっている」(P.161)のである。著者はペインの 文体に、彼の思想のもっとも根本的な特徴をみいだすのである。

【書誌情報】
■トマス・ペイン—国際派革命知識人の生涯
■フィルプ,マーク【著】
■田中浩、梅田百合香【訳】
■未来社
■2007/07/10
■237,3p / 19cm / B6判
■ISBN 9784624111977
■定価 2625円

●目次
第1章 生涯と人物(旧世界における忘れ去りたい過去—一七三七年‐一七七四年;アメリカとペイン—一七七四年‐一七八七年;ヨーロッパとペイン;新しい アメリカ;その人物像について)
第2章 アメリカ(旧体制;新しい共和国;自由と公共善;コモン・センス;商業、冨および財産;理性の力)
第3章 ヨーロッパ(『人間の権利』第一部;諸原理;主張の威力;市民権への招待;『人間の権利』第二部;代議制民主主義;革命の大儀;革命的暴力;人民 の福祉)
第4章 神の王国(信仰の根拠;真の啓示;続『理性の時代』について;理神論と道徳)
第5章 結論(自然権の根拠;人間像について;貢献度)



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