2010年7月27日火曜日

asahi shohyo 書評

イスラムから見たアレクサンドロス 民博准教授、伝承を出版

2010年7月27日

  紀元前4世紀の古代世界に遠大な版図を広げたアレクサンドロス大王。その人物イメージは多くの文明の中に浸透し、記憶されてきた。国立民族学博物館准教授 の山中由里子さんは大王を丹念に追い、学術書『アレクサンドロス変相 古代から中世イスラームへ』(名古屋大学出版会刊)にまとめた。史実と虚構の間に揺 れるイメージをとらえようとする力作だ。

 アレクサンドロス大王は、10代で哲学者アリストテレスの教えを受け、長じてマケドニア王となった。アケメネス朝ペルシャを滅ぼし、古代エジプトなども征服。中央アジアやインドの一部までも制圧した。ヘレニズム文化の生みの親でもある。

 山中さんの本は、大王がイスラム精神史の中でどのように描かれてきたか、を主題とする。

 「大王を軸にすることでイスラム社会の初期精神史を描ける、と気づきました。従来のイスラム史研究はムハンマド誕生以前の記述にあまり注意を払わなかったのですが、実は、そこにアレクサンドロスがしばしば出てくるのです」と山中さんは話す。

 宗教、政治、歴史など、さまざまな分野のテキストにあたった。アラビア語、ペルシャ語、中期イラン語の一方言であるパフラビー語など、幅広い言語力を生かした作業だ。中東や西アジア地域に流布した大王の伝承を、約590ページにわたり詳述した。

 「アレクサンドロスは魔法のじゅうたん。乗ってみると、歴史書、叙事詩、教訓書、博物誌、錬金術の書物……めまぐるしくいろいろなところに、私を連れて行ってくれました」

 昨年刊行され、日本比較文学会賞、島田謹二記念学藝賞を今年に受けた。

 着想は約20年前。「人のしないことを研究しよう」とテーマを探る中で「文明の十字路ともいえる中東や西アジア地域に目を向けたら、そこに大王がいた」。

 英雄、破壊者、征服者、哲人王、聖人……。見えてきたのは、大王の様々な"顔"だった。

 成果をペルシャ語で発表した時、イラン人研究者に「イランでは『大王』はつけない。『マケドニアのアレクサンドロス』と呼ぶ」と指摘されたこともあった。大王が征服した古代ペルシャと現在のイランの国土は重なる。

 「古代ペルシャの子孫だという自覚があるから、大王の尊称は決してつけたくないのでしょう。歴史的視座の違いを痛感させられました」

 博物誌や地理学の書物などに接するうち、別の構想も生まれてきた。「アレクサンドロスが諸地域で接した珍獣や情報などをめぐっ て、驚くべきエピソードも盛り込まれていたのです。それを手がかりに、さらに研究を進めたい。大王には、まだまだ導かれそうです」と話している。(米原範 彦)

表紙画像

アレクサンドロス変相 —古代から中世イスラームへ—

著者:山中 由里子

出版社:名古屋大学出版会   価格:¥ 8,820

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