宇宙を織りなすもの—時間と空間の正体(上・下) [著]ブライアン・グリーン
[掲載]2009年4月19日
- [評者]尾関章(本社論説副主幹)
■常識の裂け目からみえる時空絵巻
現実と見えるものは幻なのか。平たい面から立体像を浮かび上がらせるレーザー光の技に似て、この世の出来事も実は「薄っぺらな表面の上で起こっている」とみる仮説がある。縦横高さの3次元生活も2次元世界の影にすぎないというのだ。
これは、この本が点描する最新宇宙像の一つである。科学は今やブンガクの領空に迷い込んだようにも思える。
著者はニュートン、ライプニッツの時空観から説き起こすが、日常感覚を揺るがすのは20世紀に入ってからの物理だ。
アインシュタインの相対論では「相対運動をする二人の観測者にとっての『今』は同じではない」。ある人の現在は別の人の過去にも未来にもなる。
量子力学によれば、二つの粒子が絡み合い、「遠く離れていても、ひとつの実体」として振る舞うことがある。片方の粒子の状態が定まった瞬間、もう一方の状態も決まるというのだ。これでは、ものを隔てる空間の存在感は薄れてしまう。
素粒子の探究も、空間像を一新した。物質のもとは極微のひもだとする超ひも理論は、4次元時空を超える多次元世界を想定する。 私たちは3次元空間に閉じ込められていて外の追加次元に気づかないだけ、という理論も登場した。人間は「睡蓮(すいれん)の葉の下に深い水があることなど 何も知らずに、葉っぱの上を歩いていくアリ」なのか。
混迷のなかで見えてきたこともある。宇宙の始まりに急膨張があったというインフレーション理論は、時間の謎にヒントをくれた。膨張で一気に伸びた空間が「秩序の高い、均一で平らな状態」を生み、それが秩序から無秩序へ向かう時の流れをつくった、と著者はみる。
生身の感覚でつかめない追加の次元は、巨大加速器の実験などでしっぽを出すかもしれないという。常識の裂け目から、ブンガク風味の宇宙像が顔をのぞかせても不思議ではない時代に私たちは生きている。
『エレガントな宇宙』で名をはせた当代きっての物理の語り部が贈る時空絵巻。「今年は読む連休」という人に薦めたい。
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青木薫訳/Brian Greene 超ひも理論を探究する物理学者。著書に『エレガントな宇宙』。
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著者:ブライアン・グリーン
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