2009年4月29日水曜日

asahi shohyo 書評

ジュール・ヴェルヌの世紀—科学・冒険・《驚異の旅》 [監修]コタルディエールほか

[掲載]2009年4月26日

  • [評者]横尾忠則(美術家)

■子供の眼と心を養う神話的世界

 ジュール・ヴェルヌ。その名を聞くだけで、ぼくは大いに熱狂したものだ。そんな熱狂をもたらした首謀者がいる。彼の著作の中の挿絵たちだ。

 ある時ポール・デルヴォーが描く裸女群像の中に場違いな奇妙な男がいた。この男こそ『地球の中心への旅(地底旅行)』の探検家 オットー・リーデンブロックだった。ぼくの小説世界への先導者はこんな具合に、聖書に始まり、ダンテ、ワイルド、ポー、キャロルに至るまで、その多くは挿 絵絡みだった。

 本書にもヴェルヌの〈驚異の世界〉を俯瞰(ふかん)できる多数の挿絵が収録され、ちょっとしたヴェルヌ百科事典の様相を呈す る。ただし、約5千点もあるという挿絵の大半は小説が未邦訳(残念!)のために見ることができない。ファンの熱狂が不発で終わるのはなんとも寂しいが。

 ヴェルヌといえばSFの父と呼ばれ、その小説には19世紀の科学技術の進歩が徹底的に応用された(実際、本書の大半は当時の科学と彼に焦点を合わせている!)。だが、われわれが誘導されるのはダ・ヴィンチ的ともいえる科学を水脈とする豊かな神話的世界にこそある。

 そんな魅惑の王国『海底二万里』や『神秘の島』に登場するネモ船長は今も潜水艦ノーチラス号を待機させているはずだ。ぼくもノーチラス号を包囲する海底の神秘的超絶美に圧倒されて、何度も自分の作品に「独立した人間」ネモ船長の透徹した視線を移植したものだ。

 さらに、『海底』から『神秘』までネモ船長が反復(イメージの貫通)される時、そこにもう一つ大きな物語が立ち上がってくる。この芸当を可能にするものこそ文学の存在理由である。そこでわれわれは子供の眼(め)と心と魂を獲得するのだ。

 「科学の世紀」から現代へ。「夢と影響を与えてくれた別格の文学作品」として、ビュトール、ロラン・バルト、ミシェル・セー ル、ル=クレジオらがヴェルヌへの感謝の証言をくり返している。というのもヴェルヌによって発掘された彼らの青春(ノスタルジーではない!)を自ら強く確 認したからだろう。

    ◇

 私市保彦監訳/Philippe de la Cotardiere 作家。元フランス天文学会会長。

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ジュール・ヴェルヌの世紀—科学・冒険・〈驚異の旅〉

著者:フィリップ・ド・ラ コタルディエール、ジャン=ポール ドキス

出版社:東洋書林   価格:¥ 4,725

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地底旅行

著者:ジュール・ヴェルヌ

出版社:東京創元社   価格:¥ 735

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海底二万里

著者:ジュール・ヴェルヌ

出版社:東京創元社   価格:¥ 945

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神秘の島〈第1部〉

著者:ジュール ヴェルヌ

出版社:偕成社   価格:¥ 735

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