ウニ学 [編著]本川達雄
[掲載]2009年4月19日
- [評者]高村薫(作家)
■4億年の歴史もつ動物の奥深さ
ムラサキウニ。バフンウニ。アカウニ。シラヒゲウニ。私たちが生や塩蔵で食べるこのウニが「学」になるのは、何より四億年の歴史をもつ立派な棘皮(きょく ひ)動物だからである。古生代から約七千種が絶滅と進化の系統樹をつくってきて、今日生息するのは九五○種。種分類学から見ても、ウニは途方もなく奥深 い。
もともと身近な海でいくらでも採(と)れる上に、石灰質の殻のおかげで化石が豊富なこともあって、ウニはアリストテレスの時代 から生物学の主役の一つだったが、今日ではそこに分子生物学をはじめ、漁業資源としての水産学や栄養学、養殖技術などのアプローチも加わる。全部を合わせ て「ウニ学」である。
ウニと言えば棘(とげ)。棘の根元には筋肉と関節があり、これによって自在に棘を動かして歩く。歩行には呼吸器をかねた管足も 使う。しかし、ウニには脳がない。目もない。では数百本もある棘や管足をどうやって制御しているか。なんと、一本一本の表皮に伝わる刺激が個々に反射を起 こし、その連鎖が個体を動かすらしい。動物が足を動かすのではなく、まさに「足が動物を動かす」のである。
かくして中枢神経を持たず、刺激の受容から、それが伝わる部位までほぼ一直線というウニは、いわゆる「神経だらけ」となるのだが、では、そんな個体はどんなふうに発生するか。
受精卵が分割を繰り返して胞胚(ほうはい)となり、将来の構造を決めるさまざまな細胞の生成と移動があり、原腸陥入(げんちょ うかんにゅう)が起こって個体のかたちが出来てゆく過程は、発生調節遺伝子やたんぱく質の解明が進むほど、謎と驚きが増してゆく。たとえば、丸い原腸胚が やがて三角錐(さんかくすい)になるのはなぜだ? その三角錐から腕が生えて幼生のプランクトンになってゆくが、左右相称の形態のこれが、いったいどう やって五放射相称の成体に変態する?
細分化した研究の最先端を、十四人の研究者がそれぞれ一般向けに語る本書には、子どもでなくとも興奮させられる。ふだん知るすべのない科学論文の要旨が、こうして私たちの手に届くことこそ画期的なのである。
◇
もとかわ・たつお 東京工業大学教授。本書の姉妹編に『ヒトデ学』がある。
- ヒトデ学—棘皮動物のミラクルワールド
著者:本川 達雄
出版社:東海大学出版会 価格:¥ 2,940
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