グリーン革命—温暖化、フラット化、人口過密化する世界(上・下) [著]トーマス・フリードマン
[掲載]2009年4月12日
- [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)
■アメリカの造り替えうながす警告の書
フリードマンは3年前に『フラット化する世界』を刊行し、さまざまな技術革命が世界での経済競争の土俵を平らにしてしまったこと、それによってこれまでよ りはるかに多くの世界の人々が競争に参入し、豊かになったことを明らかにした。著者はここにいたって、さらに二つの強力な力が作用していると述べる。それ が温暖化と人口増加である。
本書の原題は「熱く、フラットで、込み合った」世界であり、これら三つの動きが重なり合って、以下の五つの深刻な問題が引き起 こされていると論ずる。供給が細りつつあるエネルギーや天然資源への需要の増大。産油国とその独裁者への莫大(ばくだい)な富の集中。破壊的な天候異変。 電力を持つものと持たざるものを二分するエネルギーにおける貧富の格差。そして生物多様性の破壊だ。
興味深いのは、第4章の産油国独裁国家に関する議論である。著者はここで、石油収入がイスラム世界の力学をいかに根本的に変え てしまったかを力説している。かつてイスラム教の少数派でしかなかったサウジアラビアのワッハーブ派を、石油収入はその主流に押し上げた。その結果、寛容 であったイスラム世界は、テロリズムの一大拠点となった。急進的イスラム教を教える学校であるパキスタンのマドラサを支えているのも、サウジアラビアの石 油収入である。石油依存を減らし石油価格を下げることは、テロ対策としても不可欠である。
要するに、著者によれば、グリーン、つまり環境保護論者にならざるをえない理由は、倫理的でもあり、戦略的でもあり、実は合理的でもある。なぜならそこには膨大なビジネスチャンスが転がっているからだ。
以上の趨勢(すうせい)を逆転させるには、60年代に成功したアメリカの公民権運動に匹敵する運動が必要だと、著者はアメリカ 人に説く。黒人に対する法的差別を撤廃した画期的法律である公民権と同様の法律や税制がないと、アメリカ人のエネルギー効率を改善することはできない。
しかし何より重要なのが、これを指導する政治家であろう。グリーンは巨大なチャンスであり、義務でもあるとわかりやすく説く大 統領が必要である。著者によれば、グリーンを再定義することは、アメリカを再発見し、再生し、再建することに他ならない。つまり本書はアメリカを根本的に 造り替えることをアメリカ国民に求めた書であり、著者がオバマ大統領に多くの期待を抱いていることは容易に想像できる。
日本はエネルギー効率という点で優れた社会を築きあげてきたが、本書によってその方向が正しかったと確認できる。ただ、多くの 国々が追い上げる中で、より一層の努力がないとその優位はすぐに失われてしまうであろう。本書には具体的な提言も豊富に盛り込まれている。アメリカが、著 者が説く方向で変われるかどうかはいささか疑問であるが、本書がスケールの大きい良質の警告の書であることは確かである。
◇
伏見威蕃訳/Thomas L. Friedman 53年生まれ。UPI通信を経て、ニューヨーク・タイムズのベイルート、エルサレムの両支局長を歴任。95年から同紙のコラムニスト。ピュリツァー賞を3度受賞。
- フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
著者:トーマス フリードマン
出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 2,100
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- フラット化する世界 [増補改訂版] (下)
著者:トーマス フリードマン
出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 2,100
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