2012年6月8日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年05月31日

『孤立の社会学—無縁社会の処方箋』石田光規(勁草書房)

孤立の社会学—無縁社会の処方箋 →bookwebで購入

「孤立をめぐる学際的研究の可能性」

 本書の魅力は、今日の日本社会における孤立という問題点をめぐって、その学際的研究の可能性を感じさせる点にある。言うなれば、孤立を社会的事実としてとらえたうえで、多角的にその背景を分析したうえで、現実的な処方箋の提示に向けた議論を展開している。

 孤立が「社会的事実」であるというのは、およそそれを深い悩みとすることが、他の生物に比して、社会生活を営む人間に特徴的なふるまいだと考えられるということだ。


 つまり、孤立という社会的事実、ないしそれを社会的な問題点たらしめている(あるいはそのように感じさせている)背景要因を的確に整理するところから、本書は始められている。


 そこで、取り上げられているのは、流行語ともなった「無縁社会」である。この語が流行したことについて筆者は、孤立という問題点に注目を集めさせたことには一定の評価を与えつつも、むしろ社会的な問題点を隠ぺいすることになってしまったのではないかと批判する(1章)。


 すなわち孤立という現象が、単に「最近、隣の人が冷たくなった」というような、個別な人間関係の希薄化として切り下げられることで、社会的弱者の排除や、家族構造の変化、中間集団の弱体化といった社会問題の探求へとは至っていないのではないかということだ。


 そこで筆者は、こうした広範な社会状況の変容に十分な目配りをしたうえで(2章)、客観的な質問紙調査のデータ(JGSS2003)を主として取り上げ つつ、実際に孤立している人々がどのような特徴を抱えているのかを明らかにしている(3章〜6章)。その結論を簡潔に述べれば、「孤立の問題は個人の保有 資源の不平等ではなく、特定の属性の背後に潜む不平等にある」(はじめに、�)のであり、「すなわち、家族関係に問題がある人、男性、高齢者、地方生活者 に孤立の傾向」(同、�)が目立つのだという。


 そのうえで、こうした孤立という現象の社会的な背景を踏まえたうえでの、現実的な処方箋に向けた議論を提起し、本書は締めくくられている(終章)。それ は、伝統的な絆への回帰だけを目指すのではなく、また市民社会的な新たな連帯だけを目指すものでもない。いわば、家族関係を実存的なホームベースとして、 一定の必要範囲において再帰的に営みつつも、基本的には新たな連帯の可能性へと開いていくための社会制度が求められるという、いわば第三の道を志向するも のである。


 こうした一連の内容からもわかるように、本研究の内容は実に学際的である。それは、筆者の専門領域が、伝統的な連字符社会学の領域名ではなく、(パーソナル)ネットワーク論としか言い表しようがないという点にも特徴的に表れていよう。


 もともとこうしたパーソナルネットワーク論は、都市社会学などで進められてきたものだが、筆者の研究は、その範疇を大きく超えた射程を持つ。具体的には、家族社会学であったり、ジェンダー論や、あるいは社会福祉論ともかかわってこよう。


 それはこの孤立という社会問題が、まさに学際的であり、領域横断的にしか対処なしえないものであるということを示唆しているのだろう。


 この点で、多角的な視点から、孤立という問題の背景に取り組んだ本書の姿勢は高い評価に値しよう。

 その一方で、本書には問題点がないわけではない。


 一つには、中間集団の弱体化が論じられ、各種のデータに基づいたその議論にはおおむね首肯できる点も多いのだが、同じ社会問題でも、いじめを取り扱った 議論などでは、むしろ違った視点も見られるという点である。例えば内藤朝雄氏などは、むしろ日本社会において、学校や職場が他に選択肢のない強大な中間集 団として君臨していたがゆえに、そのストレスフルな状況がいじめの背景にあるのだという。いわば孤立というよりも、所属の強制的な中間集団における病理と でもいうべき問題点である。筆者はこの点を、どう考えるだろうか。


 また本書では、孤立の背景として個人化という大きな社会変動を指摘しているが、この点は、インターネットや携帯電話に代表される情報メディアの進展と深 い関連があろう。他者と連帯しないライフスタイルを営む上で、これらのメディアは不可欠のインフラを成すものと考えられるが、本書ではこうした情報行動と の関連はあまり論じられていない(ただしこの点は、筆者に期待するよりも、むしろ評者自身の問題関心によるものなので、共同研究のような形で深めていくべ きかもしれないが)。


 だが、こうした点は、単に本書の問題点というよりも、むしろこれからの研究の発展と広がりを感じさせるものととらえるべきなのだろう。


 まさに喫緊の課題について、冷静な視点に基づき、客観的なデータを用いて実証的に検討し、幅広い可能性を感じさせる成果を導いた本書を高く評価したいと思う。


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