2010年4月6日火曜日

asahi shohyo 書評

日本語は生きのびるか—米中日の文化史的三角関係 [著]平川祐弘

[掲載]2010年3月21日

  • [評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)

■国際的な発信力を高める必要性

 日本の文化は千年以上にわたって中国の影響を受け、近代には西洋、特に英米の影響を受けて発展してきた。グローバル化時代の今後、日本語はどうなるかを本書は論じている。博識と豊富な体験にもとづく比較文化論は読者を飽きさせない。

 その基本認識は、国際的な文化関係は不平等、不均衡という点にある。国家は主権の平等を前提とし、経済は互恵で成り立っていても、文化はそうではない。世界には中心的で覇権的な言語とそうでない言語がある。

 英語はいまや、世界の共通語と化した。ヨーロッパや中国の文化に詳しい著者は、過去半世紀の間に欧州連合(EU)内でも英語が共通語として広まった様子を描いている。また漢語はかつて東アジアの中心言語だったが、今では中国でさえ英語学習熱が高い。

 著者が日本語にとって死活的な現実として指摘するのは、この言語が一国でしか使われていない点である。複数の国にまたがる言語は、特定の国の浮沈を乗り越えて生きのびうる。日本語はそうではない。

 となると、日本の国際力を高めることが日本語が生きのびるために必要であり、今こそ、グローバル化に対応する言語戦略を立てなければならない。覇権言語を学ぶとともに、母語の文芸を鍛える方途が求められる。

 具体的な教育法として、日本の古典を優れた英訳で読む、という手法が紹介される。訳文と原文を照らしながら読解すると一挙両得というのが面白い。

 本書が文化的な国際関係に照らして日本と日本語の置かれた現状に警笛を鳴らしているのに対して、カナダで日本語を20年以上も 教えている金谷武洋氏は『日本語は亡(ほろ)びない』(ちくま新書)で、外国語としての日本語の隆盛を説いている。日本語は海外で空前の学習ブームを迎え ているのみならず、強靱(きょうじん)な生命力を持つという。

 どちらの書にも共通する論点は、「日本語人」が国際的な発信力を高める必要性である。グローバル化時代を生きのびる鍵が、発信力を持つ言語にあることは疑いを入れない。

    ◇

 ひらかわ・すけひろ 31年生まれ。東京大学名誉教授。『和魂洋才の系譜』など。

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