2010年4月14日水曜日

asahi shohyo 書評

黒船前夜—ロシア・アイヌ・日本の三国志 [著]渡辺京二

[掲載]2010年4月11日

  • [評者]四ノ原恒憲(本社編集委員)

■北方での異文化接触の実態描く

 歴史研究に「if」は禁物だが、歴史物を読む大きな楽しみの一つに、「もし、あの時、違う方向だったら」との思いにふけることがある。その延長線上で「今」をふり返り、「未来の可能性」を考えることは、あながち無意味とも思えない。

 日本開国の直接のきっかけは1853年の「黒船来航」だが、その100年ほど前から、アイヌの地である北海道、千島、樺太など をはさんで、ロシア人と日本人の接触が相次ぐ。正式な通商を求めるロシア船も日本を訪れはじめた。それはまた、今でも日ロ関係ののど元に刺さる「北方領土 問題」の原点の時期でもある。

 この鎖国状態の扉をたたく異文化接触の実態を、文献資料を元に通説に数多く疑問を呈しながら、ロシア、アイヌ、日本の「三国志」として描いた本書は、そんな「if」を考えさせるヒントに満ちている。

 1792年のラクスマン、1804年のレザノフの通商や国交を求めた来航に、幕臣、民間、いや老中の間にも、世界情勢に鑑(か んが)み、国を開く機運が一時盛り上がっていたという。人々は、太平の眠りをむさぼっていたばかりではない。逆に「日露戦争」の危機すらもあった。

 著者の作品に、幕末、明治初期に日本を訪れた多くの外国人の手記をもとにした『逝きし世の面影』がある。近代的史観では、「た だ遅れていた」と無視されてきた当時の日本人がもっていた優しさ、洗練、親切、倫理観などの「美徳」を、現代によみがえらせた。我々は何を失ったのか。今 もロングセラーとして読み継がれる。

 本書でも、そんな「美徳」は様々な個所で顔を出す。中央の権力者を恐れず、異論を堂々と具申する松前奉行。ロシア船に捕らえら れながら、日ロの友好のためならと、進んで捕虜になり、結果両国の橋渡し役となる豪商、高田屋嘉兵衛の侠気(きょうき)。ロシア人を驚かせた、人々の思い やりやユーモア。日ロ双方とも対等にわたりあったアイヌの人々の自立心と、豊かな自然観……。再び思う。失ったものは何か、と。せんない問いだが

    ◇

 わたなべ・きょうじ 30年生まれ。日本近代史家。『北一輝』『神風連とその時代』など。

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三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33)

著者:吉川 英治

出版社:講談社   価格:¥ 798

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逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

著者:渡辺 京二

出版社:平凡社   価格:¥ 1,995

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北一輝 (ちくま学芸文庫)

著者:渡辺 京二

出版社:筑摩書房   価格:¥ 1,365

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神風連とその時代 (MC新書)

著者:渡辺 京二

出版社:洋泉社   価格:¥ 1,785

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