2010年4月28日水曜日

asahi shohyo 書評

人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束 [著]中村哲 [聞き手]澤地久枝

[掲載]2010年4月18日

  • [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

■日本社会に欠けているものとは

  中村医師は主にアフガニスタンを中心にハンセン病などの治療と、水不足解消のため井戸を掘り用水路を造る活動を26年にわたって続けてきた。その中村医師 (現在63歳)の素顔と理念を、練達の作家が確かめつつ、日本社会に今欠けている何かを浮かび上がらせようと試みた密度の濃い書である。

 なぜこの医師は人生の大半をこの活動に捧(ささ)げたのか。クリスチャンとしての信仰、父からの論語教育、その父と伯父火野葦 平が社会主義者として生きつつも治安維持法に屈服したとの教訓、とくに祖父・父の世代への畏敬(いけい)の念が人格形成の根幹にあることがわかる。家族、 縁者たちの支え、妻の土性骨(どしょうぼね)が感動的だ。支援組織の広がりも容易にうなずける。反して政治家は彼をどう見ているか、嘲笑(ちょうしょう) する国会議員への怒りは深い。「自分の身は、針で刺されても飛び上がるけれども、相手の体は槍(やり)で突いても平気だという感覚、これがなくならない限 り駄目ですね」、本書には鋭い寸言が至るところにある。一読のあと、胸中に生まれてくる何かと対話を促される。私の何かとは〈人道主義に基づく歴史観〉で あった。

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