2008年9月16日火曜日

asahi shohyo 書評

見えない宇宙—理論天文学の楽しみ [著]ダン・フーパー

[掲載]2008年9月14日

  • [評者]尾関章(本社論説副主幹)

■暗黒エネルギーが宇宙像を変えた

 見えるものをじっと見ていたら見えないものが見えてきた。宇宙探究の、そんな皮肉な近況を描いた本である。

 最大の事件は暗黒エネルギーの影をとらえたことだ。

 10年前、遠いかなたの超新星の観測で宇宙の膨張がどんどん速まっていることがわかった。天体は互いに引き合い、宇宙を縮めようとする。これに逆らって宇宙を広げるエネルギーが、暗黒の虚空には備わっているらしい。

 これで宇宙の勢力図は大きく変わった。7割ほどが暗黒エネルギーで、残りの多くは見えない暗黒物質。「私たちに見えている世界は(中略)わずか20分の1未満」だ。

 「精密宇宙論」「観測的宇宙論」という言葉が出てくる。観測の精度が上がり、宇宙論はデータで裏打ちされるようになった。そのことで見えないものの存在感が高まり、私たちの世界像に変更を迫っているのである。

 そんな宇宙論の揺れ動きを著者は前向きに受けとめる。

 たとえば、宇宙は次々に子を生んでおり、私たちの宇宙もその子孫の一つ、という多宇宙論への向き合い方。「このアイデアを発展させる最初の一歩が私の生きているうちに踏み出されたこと」に「畏怖(いふ)の念」を抱くという。

 多宇宙論は暗黒エネルギーの謎を解く鍵になる。

 謎は、暗黒エネルギーの最もありそうな理論値が観測で得られた値よりけた違いに大きいことだ。それでは宇宙の膨張が速すぎて「生命はそのような宇宙で誕生することはできなかった」だろう。

 この問題を解決する新しい理論をぎりぎりまで探していくか、それとも多宇宙論に立って、たまたま人が住めるまれな宇宙に私たちは生まれたのだ、と納得するか。

 著者は「あらゆる可能な宇宙の集合を予測する完全な理論」に言及して第三の道をほのめかす。多宇宙論まで包み込む理論への期待である。

 理論物理の目標点を見すえつつ、保守的な世界像から踏み出すことを恐れない。

 「多くのプロの同僚とは違って私は今でも一般向けの物理学の本を読む」。それが柔らかな発想の原点か。

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 DARK COSMOS

表紙画像

見えない宇宙 理論天文学の楽しみ

著者:ダン・フーパー

出版社:日経BP社   価格:¥ 2,310

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