2008年9月2日火曜日

asahi shohyo 書評

コーカサス 国際関係の十字路 [著]廣瀬陽子

[掲載]週刊朝日2008年9月5日

  • [評者]永江朗

■冷戦時代のゾンビがよみがえっている

  よりにもよってオリンピック開幕の日に始めなくても……と思ったのがグルジア紛争である。紛争地は南オセチア。グルジア共和国からの分離独立を目指す南オ セチアを、グルジア軍が攻撃。すると南オセチアに加勢するロシア軍がグルジアを攻撃。そこにアメリカが「待った」をかけて、さらにはEUもいろいろ言う。 とりあえず8月18日にロシア軍が撤退を開始して、一応はおさまりそうな気配だが、はたしてこれで収束か?

 まるでこの事態を予想していたかと思うような本が7月に出ていた。廣瀬陽子『コーカサス 国際関係の十字路』である。コーカサ スにはグルジアだけでなく、アゼルバイジャンやチェチェンなど紛争の火種を抱えたところがたくさんある。しかも、この地域の事情はとんでもなく複雑だ。

 言語も多様、宗教も多様。そこへきて民族・宗教の分布と境界線が一致しないから、しょっちゅう衝突が起きる。また、グルジアや アゼルバイジャンなどは独立した共和国だが、チェチェンやダゲスタンはロシア連邦に帰属する共和国。さらに南オセチアのように国際的な承認を受けていない 未承認国家、自称国家もある。

 複雑さは今に始まったことではないが、ソ連邦があったときはなんとか収まっていた。だがソ連が解体して民族問題が一気に噴出。しかも石油や天然ガスなど資源問題がからむ。

 ことを一層複雑かつ深刻にしているのはアメリカとロシアだ。アメリカはNATOの軍事網を世界中に広げたい。ましてコーカサス はイランと接し、対中東の軍事拠点となりえる。一方、ロシアも旧ソ連の勢力圏を維持したい。ようするにたんなる民族独立運動ではなくて、米ロの代理戦争と いうまるで冷戦時代のゾンビがよみがえったような話なのだ。

 民族独立というと応援したくなるが、独立が必ずしもその地の人びとの幸福につながるとは限らない。まして大国の代理戦争となると、市井の人びとの意思がどこにあるかは見きわめにくい。

表紙画像

コーカサス国際関係の十字路

著者:廣瀬 陽子

出版社:集英社   価格:¥ 735

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