世界遺産—ユネスコ事務局長は訴える [著]松浦晃一郎
[掲載]2008年9月14日
- [評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)
■多様な文化を消失させないために
世界遺産は今では広く知られ、テレビ番組も作られ、書籍や雑誌でも人気がある。どの遺産も、自然景観であれ人造の建造物であれ、人類のかけがえのない宝として感動を与えてくれる。実際に出かけるツアーも増えている。
世界遺産の仕組みを担っているユネスコは重要な国連専門機関であるが、世界遺産のおかげでその認知度も高まったようである。しかし、個別の遺産は話題になっても、世界遺産の制度の意義や歴史、運用については意外に知られていない。
それを日本の読者に訴えたいと、現役のユネスコ事務局長が本書を著した。その趣旨がよく伝わる好著である。文章も読みやすく、世界遺産を推進してきた日本の役割もよくわかる。
とはいえ、1972年にユネスコで採択された世界遺産条約に日本が加入したのは92年からであった。それはちょうど、世界遺産の考え方が変わる時期でもあった。
それ以前は西欧諸国が中心で、有形の建造物や歴史遺跡ばかりが登録されていた。場所も西欧が多く、時代的には中世から19世紀まで、宗教的にはキリスト教に偏っていた。一言で言えば、それらは石の文化に立脚している。
今ではそれが是正され、よりグローバルに、より多様な遺産を登録するようになった。日本やアジア諸国の木の文化、アフリカの土の文化などへの理解も深まった。先史時代の遺跡や20世紀の文化遺産も認められるようになった。
しかし、課題も多い。周囲の景観を含めた遺産の保護、保全は大きな努力を必要とする。驚くことに、盗まれた文化財は麻薬、武器 と並ぶ密貿易の商品であるし、意図的な遺跡破壊を防止する国際条約も整備されていない。自然災害、戦争のほか、開発や観光客の急増など遺産への脅威は多 い。
何よりも、世界遺産の登録が必要とされる背景には、グローバル化と都市化によって多様な文化が消失しつつある事実が横たわっている。そのことにもっと危機感を抱くべきであろう。
- 世界遺産——ユネスコ事務局長は訴える
著者:松浦 晃一郎
出版社:講談社 価格:¥ 1,890
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- ユネスコ事務局長奮闘記
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