2008年9月2日火曜日

asahi shohyo 書評

カニバリストの告白 [著]デヴィッド・マドセン

[掲載]2008年8月31日

  • [評者]唐沢俊一(作家)

■吐き気を催すか、心のストレッチか

  まず、ご注意を喚起しておく。この小説は読者を選ぶ。良識だとか、品格だとか、あるいは道徳性だとかというものを創作物の中に求めようとされる方には、本 書はお薦めできない。と、いうより、そういった要素の対岸にあるものばかりを寄せ集めて構成された悪趣味小説、と言った方が話が早い。

 人の心を操れる究極の料理をテーマにした美食小説、なのだが、まず一般常識人なら読んで催すのは吐き気であろう。主人公の近親 相姦(そうかん)的な母親への愛情から始まって、男娼(だんしょう)、乱交、露出症など、新聞の読書面でこんな文字を使っていいのだろうかと不安になるよ うなものの描写が立て続けに並び、そして、さらにそれらを上回るおぞましい行為の告白が主人公の口から語られる。

 本書の構成は、投獄された主人公の告白と、それを分析している精神科医の報告メモとで成り立っているが、さらに悪趣味なこと に、天才シェフである主人公が作り出した豪華な料理のレシピがその合間あいまに挟まる。もちろん、作者の意図は、その料理の描写で読者の食欲をそそること ではない。……その逆なのである。

 あまりの内容に、こんな小説を面白い、などと評しようものなら、人間性を疑われるのではないか、と心配になってきさえする。し かし、声をひそめて言ってしまえば、この本は、名誉欲・出世欲にかられた人間の醜悪さを描く現代の寓話(ぐうわ)として、きわめてよく出来た上質の作品だ し、悪趣味もここまで徹底して描かれると、むしろユーモラスに感じられる。登場人物たちの性格も強烈に戯画化されており、美食の世界を舞台にしたピカレス ク(悪漢小説)として読めば、痛快さすら感じられるかも知れない。

 悪趣味の効用、というようなものがあるとすれば、それは、社会的地位や対人関係に縛られて硬直してしまったわれわれの精神を解放させ、人間らしさの本質をそこにのぞかせることである。たまには家族に隠れてこういう作品を読んでみるのも、心のいいストレッチになるだろう。

    ◇

 CONFESSIONS OF A FLESH−EATER、池田真紀子訳/David Madsen 哲学・神学者という以外、本名や経歴は謎。

表紙画像

カニバリストの告白

著者:デヴィッド・マドセン

出版社:角川グループパブリッシング   価格:¥ 2,310

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