2008年9月16日火曜日

asahi shohyo 書評

戦う村の民俗を行く [著]藤木久志

[掲載]2008年8月31日

  • [評者]石上英一(東京大学教授・日本史)

■村人の戦う日常が浮かび上がる

  『雑兵たちの戦場』、続く『戦国の村を行く』『飢餓と戦争の戦国を行く』『土一揆と城の戦国を行く』により、私のような大河ドラマ好き読者の覇者中心の戦 国時代観を一変させた著者の、第5作。民俗、村人や武家の日常の習わしから見た戦国の世を史料をもとに平明に綴(つづ)る。

 本書のはしがきは、村の若者と子どもを通じて、戦国の村の特徴を記す。村の権益・安全を自力で守る「自検断」の建前のもと、 村・地域は戦う主体であった。ポルトガル人宣教師が記したごとく、村の男子は成人すると刀を帯び、戦う村人の中心となった。一方、宣教師は、戦場で女・子 どもが生け捕られる有り様も記す。戦国時代の村の、武装し自力救済する陽の面、戦乱に曝(さら)され奴隷狩りが行われる陰の面は、著者が伝えたいとしてき たことだ。はしがきを読むや、読者は戦国の光景に引き込まれていく。

 1章の「村の百姓と戦国大名」では、伊豆西浦(静岡県沼津市)などの史料から、村の自立性と階層性、村と領主との争い、戦国大 名の支配の展開について論じる。村人が、領主の支配に抵抗するための年貢未進・耕作放棄・欠落(かけおち)(逃亡)、年貢減免要求を領主に突き付ける侘言 (わびごと)、領主による譲歩である赦免の過程を紹介する。私たちは、抑圧の場としての村という常識が一面的であることを知る。

 7章の「戦国板碑(いたび)の世界」は、武蔵国の比企(ひき)(埼玉県比企郡・東松山市)に3千基も残る板石塔婆(いたいしと うば)(板碑)から、14〜16世紀の村人たちの信仰の展開を明らかにする。戦国時代には、供養のために組織された結衆が造る板碑に、一人ひとりの名を明 記する交名(きょうみょう)型板碑が一般化する。交名の記載は、それ以前の領主・土豪に主導された名前の見えない結衆から、一人ひとりの顔が見える、いわ ば一揆的な庶民の結衆への変化を示す。越後の山村に育った著者の、民俗の世界への思いが伝わる。

 最終章「鎌倉公方の四季」を読み、「鎌倉の祇園会と町衆」(『戦国の村を行く』所収)とあわせて案内となし、15世紀の鎌倉を探る歴史散歩に出かけてみたくなった。

    ◇

 ふじき・ひさし 33年生まれ。立教大名誉教授(日本中世史)。著書に『刀狩り』など。

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戦う村の民俗を行く (朝日選書 843)

著者:藤木 久志

出版社:朝日新聞出版   価格:¥ 1,365

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戦国の村を行く (朝日選書)

著者:藤木 久志

出版社:朝日新聞社   価格:¥ 1,365

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飢餓と戦争の戦国を行く (朝日選書)

著者:藤木 久志

出版社:朝日新聞社   価格:¥ 1,365

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土一揆と城の戦国を行く (朝日選書)

著者:藤木 久志

出版社:朝日新聞社   価格:¥ 1,365

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