2008年9月16日火曜日

asahi shohyo 書評

昭和の記憶を掘り起こす [著]中村政則

[掲載]2008年8月31日

  • [評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)

■地獄の体験から尊厳を取り戻して

 たしかに「戦争という極限状況は、地震、台風、洪水などの自然現象ではない。戦争は人間が起こし、人間が殺し合い、傷つけ合う極限の状況」である。それを直視するところから明日が見えてくるのだ。

 本書は1931年の満州事変勃発(ぼっぱつ)以来の15年戦争において、「地獄のような極限状況に追い込まれた戦闘地域」のうち、「想像を絶する」極限状況に追い込まれた沖縄、満州、ヒロシマ、ナガサキの人々が何を体験し、考え、感じたのかを、直視したものである。

 沖縄戦で「集団自決」に追い込まれた島民、満州移民として一瞬の夢を見たあとに奈落に落ちた人々、ヒロシマ、ナガサキの原爆で想像を絶する「地獄図絵」を体験した人々が、生と死を語っている。とくに「戦争は人間を人間でなくする」という言葉が重い。

 だが、本書の特徴は、それだけにはとどまらない。本書は、「極限状況から、人間はいかにして立ち直り、人間としての尊厳を回復 して、社会変革に立ち向かっていくのか」を明らかにしようとしている。平和活動や障害者教育に取り組む沖縄戦の体験者、人民中国の軍に協力しその後日中友 好のために生きる元満州移民、地獄の体験のなかから人間の尊厳を取り戻して反核・平和の運動に立ち上がったヒロシマ・ナガサキの被爆者たちが、本書の中の 主役だ。「極限状況」を体験した人々がさまざまな場で、その体験を生かしながら、戦後日本を支えてきたことがわかる。

 著者の精力的な取材の成果が遺憾なく発揮されている。しかも、しっかりとした文献研究を基礎にした「オーラル・ヒストリー」な ので、安心して読むことができる。ただ、終章が「オーラル・ヒストリー」の方法的まとめに向けられているのは、やや肩透かしの感がある。沖縄、満州、ヒロ シマ・ナガサキの「極限状況」を、いわば地域構造的に明らかにしたところから、トータルになにを問うのか、語って欲しかった。そのさい、15年戦争中に 「加害者」として「極限状況」に置かれた人々の問題も含めて考えると、議論はどのようになるのだろうか。

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 なかむら・まさのり 35年生まれ。一橋大学名誉教授。著書に『戦後史』など。

表紙画像

戦後史 (岩波新書 新赤版 (955))

著者:中村 政則

出版社:岩波書店   価格:¥ 882

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