旅の絵本 8 [著]安野光雅
[文]大西若人(本社編集委員) [掲載]2013年06月16日
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「安野光雅さんぐらいうまく絵が描ければ、どんなに楽しいだろう」。こんなことをよく考える。
無意味だとは分かっていてもそう夢想させるほどに、安野はうまい。精緻(せいち)にも洒脱(しゃだつ)にも、だまし絵風にも描けて、しかも品があってかつ無類の楽しさ。ペンと水彩といった、画材の組み合わせも絶妙で、いつも自由自在だ。
1977年から刊行の続く「旅の絵本」シリーズでも、自由自在の技を発揮。英国の田舎でもマンハッタンの摩天楼でも中国でも、ちゃんと場所にふさわしい描写がなされ、現地の空気が漂う。
そして第8巻にして、ついに日本が登場。といっても現代の姿ではなく、いま87歳の安野の子供時代の姿だとか。地引き網や田植え、盆踊りの光景があり、花見もある。それらが俯瞰(ふかん)に収まる。
時に記憶に基づき、時に「七人の侍」などの映画を参考にしたという。巻末の安野の一文によれば、これらは「節電の世界」。そう、東日本大震災後の社会も意識されていて、陸前高田の一本松が登場するページもある。
ちょっと不思議な絵もある。幔幕(まんまく)が張られた野原で、ブリューゲルさながらに相撲や囲碁を楽しむ人たちが活写されているのだが、五重塔などがいつもの斜め上からの俯瞰なのに、土俵と巨大な碁盤は真上から描かれている。棋譜は呉清源の現実の会心譜だという。
真上から見た土俵と碁盤は、そこでの闘いを想像してもらうための器ではないだろうか。絵の「楽しさ」をさらに読者と共有しようとする姿勢。ここでも、自由自在の技が貢献している。
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福音館書店・1470円
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著者:安野光雅/ 出版社:福音館書店/ 価格:¥1,470/ 発売時期: 2013年05月
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